予行演習 〜 前置き

(……ん? この感じは……)

ここ最近ご無沙汰だった、懐かしい気配。そういえばガウリイと旅を始めてから、コレと遭遇する回数ががくんと減ったのよね。
隠す気もないらしい溢れ出る殺気を背後から浴びせられ、知らず知らずのうちに口元が緩む。こーゆー相手は頻繁に来られるとウザイものだが、ごくたまになら。さらに言えば、お腹も満ち足りて思わず眠くなりそうな昼食後なら、むしろ大歓迎だ。
さりげなく剣に手を伸ばし、手ごたえを確認するガウリイを目で牽制する。馬鹿ねえ、こんな判りやすく殺気丸出しな相手に、あんたじゃ役不足でしょう? あたしが、あ・そ・ぶ・の!

後ろは振り返らず、歩調はそのままに。
ふらふらと露店を冷やかすフリをしつつ、あたしたちは人通りの少ない方向へ足を進める。周囲に被害を出さないことももちろん大事だが、円滑に『慰謝料』を戴くためにも人目は避けたい。んっふっふ、どれぐらい持ってるかしらねー。さっきのお昼代ぐらいにはなるかしら?
満面の笑みで皮算用を始めたあたしの耳に、ガウリイがぼそりと囁く。
「リナ……顔に『追いはぎ』って書いてあるぞ」
失礼な! うららかな午後の昼下がりを浪費させた償いを、目に見える形で戴くだけじゃない――と、口に出して、背後の人間に悟られるわけにはいかない。仕方ないので、あたしはガウリイの爪先を踏みにじることで返答する。ぐりぐりっと。

「いってー……あ、リナ。そこの曲がり道の奥、人気がなさそうだぞ」
「おっけー、じゃあそこにしましょうか」
露店が立ち並ぶ通りの少し先、樽やら木箱が無造作に積まれた一角。あの奥なら視線は障害物で遮ることが出来るし、多少騒いでも露店の喧騒に紛れるだろう。背後からつけてくる相手にとっても都合が良いはずだ。
あたしたちは休憩場所でも探すかのようにふらふらと視線をめぐらせながら、裏路地を目指す。あの角を曲がってしまえば、白々しい鬼ごっこも終わりだ。その筈だったのに――

「お尋ね者のリナ=インバース! 覚悟おぉぉぉっ!!」

「へっ!?」
「ちょっ、何でここで仕掛けてくるのよ!?」
砂利を蹴散らす音と共に、膨れ上がった殺気が迫り来る。
反射で振り返ったあたしたちは、同時に呪文と剣をかまえ――

どかばきめごしぃっ!!!

――その前に、推定ストーカーA君(♂)は、路傍の露店から飛んできた果物やら野菜やら、ぴっちぴちの生魚やらに押しつぶされた。

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「――さて、事情を説明してもらいましょうか」
「けっ、誰がお尋ね者の言うとおりにするかって――」
「ん? 素直にしゃべるより、生臭いキスの方が好みって?」
未だぴっちぴち暴れるお魚さんを口元に突きつけてやれば、推定ストーカーA君(♂)の顔は目に見えて青ざめた。よく見れば、正座させた膝も震えている。ひょっとして、コレがファーストキスだったりするのだろうか。それは少々気の毒かもしれない。ファーストキスって、一生の思い出だもんね。うんうん、大切にしなくちゃ。
「おーい、リナー。いたいけな少年の後頭部を力ずくで押さえてまで、生魚食わせようとするなよ……」
「あーごめんごめん。ついつい、一生モノの思い出を作ってあげたくなっちゃって」
ちぇ、生臭いファースト&ディープキス作戦失敗かぁ。おとなしく諦めたあたしは、駆け寄ってきたお店の人に生魚を返却した。
「ああ、わざわざ有難うお嬢さん。いきなりお尋ね者呼ばわりされて、びっくりしただろう。怪我は無かったかい?」
「あ、はい。襲われる前に、露店の方々が潰し……いえ、止めてくれましたし」
ふるふると首を振るあたしを見て、魚屋のおっちゃんは胸を撫で下ろす。どうやらこちらは優しい人のようだ。ポケットでぴちぴち蠢くお魚さんがいなければ、内面だけでなく、見目にも高評価をあげたいのだが。

「えーと……そこの彼は、おじさんの身内か何かですか?」
「ああ、違うんだ。彼の――ヒースという名なんだが――おじいさんは、この辺りの露店の元締めをやっていた人なんだがね。そのおじいさんが亡くなって以来、『俺はけちくさい露店商なんか継がない。賞金首狩りになる!』と言って聞かなくてねぇ。修行という名目で、所かまわず強そうな人間に挑んでは、毎度こんな騒ぎをおこしている訳だ」
そう言っておっちゃんは、深々とため息をついた。なるほど、だから縁がある露店の面子が揃って必死に止めているわけか。うーん、ご苦労な事である。

「全くお前は旅の人にまで迷惑をかけて……謝りなさい、ヒース!」
「……やだよ。そいつらがお尋ね者なのは本当だもん!」
唇を尖らせたヒース君は、懐からくしゃくしゃの羊皮紙を取り出すと、あたしたちの前に突きつけた。手配書と書かれた、黄ばみがかった皮の上に描かれた似顔絵は三人。それは確かに見覚えがある顔だ。
「おー、ホントだ。この似顔絵、どうみてもリナだろ。お前、俺の知らない所で何やったんだ?」
「このクラゲはまったく……。よく見てみなさいよ、あたしの隣にはあんたの似顔絵もあるでしょうが」
どうして自分が描かれた手配書なんてイヤなものを、綺麗さっぱり忘れられるんだか、この男は。
ついでに言ってしまえば、似顔絵の最後の一人もあたしたちの知人だ。懐かしいなー、ゼル元気にやってるかしらね。

「どこから拾ってきたのか知らないけど。その手配書、もう三年近く前の物よ?」
「え!?」
「ついでに言うなら、その指名手配は誤解から生じたもので、とっくの昔に解除されてるんだけど……」
相変わらず正座のまま、慌てて手配書を読み返すヒース君。見る見る青ざめる彼の頭上で、対照的に魚屋のおっちゃんの顔が赤くなる。

「ヒ〜スぅ〜……おまえという子はああぁっ!!」

――抜けるような青空を背景(バック)に、生臭いかほり付きの拳が高々と振りあげられた。


こんな長い前置きが必要だったのかと、書いた本人も疑問。でも序盤にあらすじを説明するためだけの長い文章を置くのもなー、と。orz
後半はガウリイ視点のお話になります。


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