予行演習 〜 練習の本番

まあこの程度のトラブルは、俺たちにとって日常茶飯事だ。
夕食を食べ終えた頃には忘れちまうような、瑣末な出来事。そのはずだったん、だ、が。

「なあ、リナー」
「なによ」
「オレ達、何してるんだ?」
小柄なエプロン姿の背中に問いかければ、振り返りもせず彼女は答える。
「あたしは夕食の準備。あんたは豆のすじ取り」
「いやそーだけど、そーじゃなくてだな……」
俺はすじを取り終えた豆をざるに移すと、椅子から立ち上がった。

「何でオレ達、あのヒースとかいう子の家に居座る必要があるんだ?」

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いくら俺が忘れっぽいといっても、別に三日前の出来事まで忘れたわけじゃない。
でっかいたんこぶを作った少年の首根っこを掴んだリナが、
「この子、あたしに任せてもらえません? きちんと更生させてみせますから」
と、露店商のおっさん相手に息巻いたことも覚えている。
その後、少年を脅して自宅の場所を聞き出し、勝手に上がりこんだことも。
強引なところは、いつものリナだ。いつも通りだ。
だがメリットのない厄介ごとに自ら首を突っ込んだり、生意気な少年の更生役を買って出るなぞ、リナらしくない。むしろ、リナじゃない。

「大体、更生するならまず自分が――」
「ガ・ウ・リ・イ。思考がお口から駄々漏れてるわよ? あんたもヒースと一緒に、庭で暮らしたい?」
「……遠慮しとく」
眼前に突きつけられた包丁に向かって、片手でホールドアップ。もう片方の手で豆入りのざるを差し出すと、物騒な更生係は大人しくかまどの前に帰っていった。
与えられた役目を終えた俺は、小さな明り取りの窓に歩み寄ると、庭の様子を伺う。腰の高さまで生い茂った雑草の合間に、黄色い小さなテントがぽつんと一つ。その中には、ヒースが一人で居るはずだ。おそらく、リナが提示した『試験』をクリアするために、何かしら作戦を練っているのだろう。


リナが提示した『試験』――それは一週間の間に、剣でリナから一本とってみせろというものだった。
正々堂々とした試合形式、ではない。昼夜問わず、闇討ち不意打ち何でもあり。どんな卑怯な手を使ってもいい。「要は、賞金首狩りの模擬戦だと考えなさい」と、リナは言った。
リナから一本取れればそれだけの実力があるとみなし、ヒースが賞金稼ぎになれるよう口添えする、と。だが一本も取れなかった場合は、大人しく諦めて祖父の跡を継ぐよう、少年に約束させたのだ。
周辺への被害を避けるため――本音はヒースのやりすぎを警戒して――リナと俺は試験期間中少年の家で過ごすことになり、代わりにヒースは庭でテント暮らしをさせられているわけだが……。


「……こんなやり方で、本当に更生できるのか? もっと手っ取り早い方法がありそうなもんだが……」
「まあ、たまにはのんびりするのもいいじゃない。
 それにあの子、どうやら甘やかされて育ったボンボンみたいだし。ちょっとキツイ環境(庭で野宿)においてやれば、すぐ音を上げるわよ」
「そんなもんかぁ?」
「そんなもんよ。あ、ガウリイ。可哀想に思えてきたからって、手助けしちゃ駄目よ?」
「するわけないだろ」
そんなに甘く見えるかな、俺って。リナの忠告に、思わず苦笑いがこぼれる。
真っ当な仕事も家もある若人が、わざわざ危険な賞金首狩りになりたいなんて、俺だって止める。ましてやあの程度の腕では、賞金首を見つける前に、山賊に狩られるのオチだ。

「しかし、何であの子を更生してやろうなんて考えたんだ? 報酬(メリット)がない手助けなんて、お前さん大嫌いだろ?」
「あら、メリットならあるわよ。一週間宿代はタダだし、露店商の人達が気を使って食料を届けてくれるから、食費も浮くし!」
「……そーゆーことかよ」
何か裏でもあるのかと、あれこれ考えた俺の三日間は何だったのか。取り越し苦労という言葉が脳裏をよぎり、思わず口の端が引きつる。人の気も知らないのん気な相棒は、お玉片手に鼻歌なぞ歌っているというのに!

「――ああ、でも宿代と食費は副産物と言った方が正しいわね。本命は『予行演習』だから」
「よこう、えんしゅー? 誰がするんだ?」
「あたしに決まってるでしょ」
はぁ。リナが予行演習、ねぇ?
三日間ほぼ一緒に過ごしてきたが、リナが練習と呼べるような行動をとった覚えはない。ヒースを相手に剣を合わせることはあったが、それも二、三合で片がつく程度で、練習と呼ぶのもおこがましいものだった。

むぅ〜、さっぱりわからん。
大体、三日間ずっと様子を伺っていても気づかなかったのだ。こういう場合は素直に尋ねる方がてっとり早いよな。うん。
「で、一体何の練習をしてるんだ? リナは」
「んーそうねぇ……『将来』の予行演習、かな」
「……ますますわからん」
難しく考えすぎよ、と木べらで鍋をかき回しながら、リナはけらけらと笑う。

「今は旅をしているから、あまり無いけどさ。子供でも出来てどこかに定住するようになったら、今回みたいに『あたしを倒して名を上げよう!』って連中が押し寄せてくると思うのよ。そんな将来に備えての予行演習ってワケ。
 これはあたしの問題だから、あんたに頼るわけにもいかないし、子供にとばっちりが飛んだら嫌でしょう? だから、あらかじめ対策を練っておかないとねー……って、話の途中でどこに行くつもりよ、ガウリイ!?」
「――っ、外!」
「こら、ヒースの手助けは駄目だって言ったでしょ!」
「違う! 『俺』が更生させてやるだけだ!」
「……はぁ?」
「それと、リナ。お前、今後『予行演習』禁止!」
びしっとリナを指差し言い捨てると、俺はまっしぐらに玄関へと駆け出していた。あっけにとられ、呆然とするリナの方を置き去りにして――。

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手を出すな? リナが自分で解決する?
クソッタレ! そんな言いつけ、誰が守れるか!

確かにな、お前が強いことは認めるよ。いまさら否定もしない。
絶体絶命の窮地を、何度も救って。
俺が魔族に誘拐されれば、騎士のように颯爽と助けに現れて。
事のついでと言わんばかりの飄々とした態度で、魔王まで打ち破り。
小さな体一つで、世界まで救ってしまう天下無敵の女。
けどな。だからといって――

「――家族を守る(夫の)役まで、オレから取り上げるなよ!!」



…………頑張れ、がうりい。


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