とある世界に苦題 「聖騎士下克上制」開幕

「両者、前に――――はじめ!」

クロフェル候の号令と共に、木刀を構えた騎士二人が、六紡星の中心めがけ地を蹴る。舞台中央で、切れ味の無い刃を交えた両者に、周囲からやんやと喝采が飛んだ。外野にいたっては、ひっくり返した帽子を片手に野次馬の間を回り、賭け金を集める者まで出る始末。いつも静かな中庭は、ちょっとしたお祭り騒ぎの様相を呈していた。

「そこっ! 足払いですよ、足払い!」
「……姫様。」
「あぁもう! マントを持ち込んでおけば、目くらましに使えたのに!」
「……ひーめーさーまー。」
「手ぬるいと思わない、クロフェル!?」
「これは『実戦』ではなく『御前試合』ですから、泥臭い戦法を使ってはいかんでしょう……。
 それより、もう少し殊勝に振舞われてはいかがですか?」
会場の誰よりも実戦慣れしているお姫様は、悪びれた様子も無くぺろりと舌を出すと、用意された椅子に腰掛ける。

「まだ気配はしないから大丈夫なのに……爺やは、心配性ねー」
「万が一、という事もあるでしょう。気をつけるに越した事はありませんぞ」
たしなめつつ、ゆっくりとした動作で隣に腰掛ける老人の耳元に顔を寄せると、アメリアは先ほどより幾分トーンを落とした声でささやいた。

「……御前試合の『準優勝候補』は調べてある?」
「はい。騎士団長殿に、事前に確認をとりました。候補者全員に、防御用護符を渡してあります」
「よろしい。魔法医は?」
「神殿の方に、数名待機させております。野次馬の中に、防御呪文を使える者も配置しておりますから、問題ないでしょう」
「さすが、爺や。なら後は――待つだけ、ね」

にんまりと微笑んだ姫君の(かんばせ)は、殊勝という表現には程遠かった。

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早くて二合、長ければ数分続くトーナメント形式の対戦を繰り返す事、二十数回。
今、六紡星の舞台上には、勝ち残った二人の騎士と審判役の老人が立っていた。

「……それではこれより、決勝戦を開始します。両者、前へ」
おごそかに、響き渡る声。
ざわめきが消え静まり返った中庭で、甲冑がすれる不快な金属音が空気を揺らす。二人の騎士の歩みが止まったのを確認したクロフェル候は、手にした羊皮紙を開くと、おもむろに読み上げ始めた。

「こほん……では、決勝戦の前に改めて、勝者に贈られる報償の確認を行います。
 一つ。セイルーン聖騎士団、騎士団長の職。
 一つ。セイルーン聖騎士団に代々伝わる、魔法剣『サクリファイス・ブレード』の授与。
 これは、騎士団長の職を退任する際に、返却して頂きます。
 ……そして、最後に。第二皇女、アメリア様との婚姻」
ざわめく観客。彼らの視線は一斉に、壇上脇に腰掛けた優勝商品(アメリア)に向かって注がれる。だが当の本人は、未来の夫を値踏みするでもなく、事の成り行きを見守るでもなく。ただ彼方に、視線を彷徨わせるばかり。
一向に静まらない場をクロフェル候がなんとか収め、決勝戦の開始を宣言しようとしたその時――会場中に高らかな笑い声が響き渡った。


「ほーっほっほっほっほ! その勝負、待ってもらおうかしら!」


「きたきたき――もがっ!?」
「ん? 今、何か言ったかしら?」
「いえいえー何も言ってませんよー! ささ、続きをどうぞー」
会場の片隅で、野次馬からぼっこぼこにされる男に首を傾げつつも、気を取り直したように、笑い声の主は木の天辺から飛び降りた。


ぼぎっ!!


――そして、舞台中央に頭から突っ込んだ。

「…………手を、お貸ししましょうか?」
「……ふっ。気持ちだけ戴いておくわ」
騎士が差し伸べた手を払いのけ、笑い声の主はすっくと立ち上がる。

その姿は、この会場のみならず、セイルーン・シティのどこに居たとしても異彩を放つであろう。
色白を通り越し、真っ白と呼んでも良いほど白粉を塗りたくった肌。青いルージュで彩られた唇。
青が基調の、体にフィットしたコスチューム。結い上げた長い髪を覆う、同色の帽子。
スカート丈は短く、豊かな胸元は肌を露にしている。
腿まである白いブーツの側面には、見たこともない形状の武器を二つ携え。
もっとも特異なのは、腰から生える、薔薇の茎にも似た二本のロープ。

だが、誰も疑問を口にはしない。なぜなら――
「……変装している方が、いつもより露出が少ないなんt――ふがっ!?」
「お前は野次馬Aのくせに、何で余計な事しゃべるんだよっ!」
再びぼこぼこにされる男には目もくれず、首が直角に曲がった女は、舞台上の三人に向き直った。

「仮にも、次期王位継承権を持つ皇女の将来を、こんな形で決めるのはどうなのかしら……クロフェル候?」
「……名乗る礼儀すら知らぬ者に、答える道理はありませんな」
険しい表情のまま、一歩前に出るクロフェル候。だが女は悪びれもせず、首をすくめて答えた。

「ふっ。私の名は、白蛇(サーペント)のナ……じゃなかった、ほ、ほ、ホワイト。そう、ホワイト・ローズ!
 通りすがりの、正義のヒーローよっ!」
「時事ネタは廃れ――げふぅっ!?」
「さぁ。名乗ったのだから、私の問いにも答えてもらいましょうか。
 こんなやり方……あの子は、納得しているの?」
視線の先には、肩を落とし俯く少女。僅かに震えるその姿を見て、自称ホワイト・ローズは唇を噛みしめた。

「……仕方がないのです。エルメキア帝国の脅威は日に日に増し、国境線は今も緊張状態が続いています。ですが、アメリア様が他国に嫁ぎ、繋がりを強化すれば、それ自体がエルメキアへ弓引く行為と受け取られかねない。
 エルメキアの脅威に屈することなく、聖王国セイルーンを維持するためには、アメリア様には強い婿殿を娶っていただく必要があるのですっ……!」
肩を落とし、吐き捨てるように捲くし立てたクロフェル候を、脇に控えていた騎士団員の一人が肩を抱き、舞台から降ろす。その丸めた背中をホワイト・ローズの視界から遮るように、二人の騎士が彼女の前に立ちはだかった。

「事情はお分かり頂けたかと思います。ホワイト・ローズ殿」
「ここは、引いて頂けないでしょうか?」
穏やかな口調とは裏腹に、その手は腰に下げた木刀に添えられている。実力行使も辞さないと言わんばかりに。
分かり易い脅迫に怯む事もなく、ホワイト・ローズは鼻で笑った。

「ふっ。そんなちゃちな脅しで引き下がるようじゃ、ヒーローは名乗れないのよ。
 あの子を娶ってこの国を守るという心意気が真実なら――力ずくで退けて御覧なさい!」
「――ならばっ!」
「お覚悟っ!」

風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!!!」


――――まあ、決着はあっけなかった。


不要かと思いますが、念のため。
下克上 → 下の者が上の者をしのぎ倒すこと。下位の者が上位の者を政治的・軍事的に打倒して身分秩序(上下関係)を侵す行為。


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