とある世界に苦題 「王妃と聖騎士のスキャンダル」前編

「う〜わ〜きぃ〜ちょ〜お〜さぁ〜〜!?」
「……リナ。仮にも王様の前で、そこまで露骨に嫌そうな顔をするのは、失礼じゃないか? せめて、宿に戻ってからにしろよ」
仰々しい封蝋を施した書状を握りつぶしながら、ぐんにゃりと顔を歪めたあたしに向かって、後ろに立っていた自称保護者がツッコミを入れてくる。
まさか、このクラゲ頭に作法を説かれる日がくるとは。あたしも落ちぶれたもんだ。

「だってさー。こんなご大層な書状で人を呼び寄せておきながら、依頼内容は浮気調査よ、浮気調査!
 ンなもん、子飼いの密偵にでもやらせれば済む話じゃない!」
「まあ確かに、リナ向きの仕事だとは思わんが。てっきり、どこかの城を吹っ飛ばせとかゆー依頼だと思ってたし」
「んっんっんっ。それはどーゆー意味かしらね、ガウリイ? 城を吹っ飛ばす依頼ならあたし向きだと?」
「なんだ。自覚なかったのか?」
「ほほぅ。どーやら、ここのお城と一緒に吹き飛ばされたいようね?」

「あのぅ……」
おずおずと。だがはっきりした声で、脇に控えていた大臣らしき人が口を開く。

「有り体に申し上げさせていただくなら、お二方とも分け隔てなく失礼です」
大臣さんの的確なツッコミに、柔和な顔をした王様は黙って一つ頷いた。

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沿岸諸国連合の最北端に位置する国――ゲルトナー王国。
半年前に先代の王が引退。その後、まだ十代の若い皇太子が即位し、同時に聖王国セイルーンのとある領主(ロード)の娘を妃として迎え入れたニュースは、記憶に新しい。
そんな新婚ほやほやのロイヤルファミリーの浮気調査を、なぜあたしたちが引き受ける羽目になったのか?
それは、この国の立地条件と、日々正義に向かって猛進する、とある友人が関係していた。

「奥さんの名前は、パトリツィアさん。年は15。
 実家は、何代か前にセイルーン王家の王妹が降嫁し、今でも王家と縁が深い……と。
 趣味は、乗馬、フェンシング、バラの栽培にお菓子作り。性格は、明朗快活で子供好き。
 ……非の打ち所が無いじゃない」
「まったくだよなぁ。世の中には、18になっても嫁の貰い手が無くて、通った後にはペンペン草すら生えない娘も居るっていうのに――イテっ!」

あたしはガウリイの足を丁寧に踏みにじり、読みこんでいた羊皮紙から顔を上げると、窓の外を眺める。滞在中の宿泊場所として与えられたこの客室は、城の中庭に面しており、今、その場所では、噂のパトリツィアさんが、兵士を相手に剣の鍛錬の真っ最中だ。
剣もそこそこ使えるあたしの目から見ても、彼女の腕前はなかなか。
――ますます、欠点が無くなったじゃない。

「そんな娘さんなら、国元に想い人が居たんじゃないか? お互い諦めきれなくて、こっそり会っているとか」
「それが、王族としては珍しい事に、恋愛結婚なのよね。ヘルマンさんとパトリツィアさん」
なんでも、ヘルマンさん――説明していなかったが、この国の王様の名前である――がセイルーンに留学中に二人は知り合い、そこで愛を育んだとか。
余談だが、二人の仲を取り持ったのはあたしたちの友人――アメリアなのだそうだ。その縁で、今回の調査依頼は、アメリアからの推薦状付だったりする。
さっき、ぐしゃぐしゃに握りつぶした気がしないでもないけど。

珍しく頭を使っているのか、首をひねりつつ隣に並んだガウリイが、パトリツィアさんを見つめる。
「両思いで結婚して、半年で浮気疑惑なぁ……。しかもその調査を、よりにもよってリナに頼むなんて、何か陰謀があるんじゃないか?」
「やけに絡むじゃない、ガウリイ。なんなら、セイルーンまで飛べるか試してみる?」
「だってなぁ……」
あたしの掌に浮かんだ魔力球を恐れもせず、なおも首をかしげるガウリイ。
まあ、頭の中が海綿質の彼ですら不審がるくらいだ。この依頼が不自然な事は、あたしだって気づいてる。
「浮気の原因はわかんないけど……あたしに依頼してきた理由は、わかってるわよ?」
「なんだ。なら、最初から説明してくれれば良かったのに」


……説明しても、途中で寝る方に賭けるぞ。あたしは。


わざわざ流れの魔道士――だが、ロイヤルな方面と繋がりがあり、信頼に足るだけの仕事をこなしてきたあたしに依頼する理由。それは、この国の立地条件と、国王が即位直後だという事がキーだろう。
ゲルトナー王国は、沿岸諸国連合の最北端に位置し、国境の東は聖王国セイルーン、北と西はラルティーグ王国に接している。
ここでちょっと、領土欲を持った大国の王になった気分で、考えてほしい。
自国の東西と北には、軍事力を備えた大国。南には、沿岸諸国連合に属しているとはいえ、大した繋がりも武力もない小国が一つ。さて、領土を広げるために攻め込むなら、どこが良いでしょう?

――そんなわかりやすい理由から、ゲルトナー王国の歴史は、等しく戦いの歴史でもあった。
今でこそ平和な国に見えるが、それは先代の努力の賜物である。
そんな国の王が、片方の大国――セイルーンに縁が深い娘さんを、妃に迎える。それは対外的に見て、ゲルトナーがセイルーンに従属したと判断されるであろう。まあ、小国が大国の庇護を得るために、婚姻関係を結ぶ事は別段珍しくない。
だがここで、結婚したばかりの王妃に、不貞の疑惑が持ち上がるとどうなるか――?
どのように利用されるかは首謀者次第だが、ラルティーグ王国よりの家臣が勢いを増す事は間違いないだろう。
政略結婚の末、冷めちゃった夫婦なんてどこにでもある話だが、この国の頂点に立つ者にとって、それは許されないのだ。

「……と、ここまでは理解できた?」
「……ぐぅ。」
「黄昏よりも昏きもの――」
「ちょっと待ったっ! 寝たふりだから、竜破斬(ドラグ・スレイブ)はやめろぉ!!」


ガウリイにがっちりと羽交い絞めにされた後、用意されていた茶菓子をいくつか口に放り込まれ、ご機嫌をとられる事、数分――。


「……ところでさ。さっきの説明の中に、リナに依頼しなくちゃいけない理由って入ってたか?」
「いや、まだそこまで説明はしていなかったけど……。なんだ、ちゃんと話聞いてたのね、ガウリイ」
「いや、あんまり。ただ、話の中にリナの名前が出てこなかったから、気になって」
……その局部的に物事を見て、野生の勘で大体理解しちゃう癖、なんとかならないモンかしらね。一から説明してるあたしが、バカらしくなるんですけど。

「おそらく、王様が即位直後ってのが理由でしょうね……ガウリイ、次、チョコクッキー頂戴」
「ほいほい……なんで、即位直後だと、リナに頼まなきゃいけないんだ?」
「あーん、むぐ……ひんらいれきるぶかが、まらそろってなひんじゃなひかひら」
「あー。それで、謁見室に王様と部下っぽい人の二人しかいなかったわけか」
「を。ガウリイにしては、良い所に目をつけたじゃない。ついでに、あたしが『子飼いの密偵にやらせれば〜』って言った時、ヘルマンさん顔をしかめていたから、多分当たってると思うわ。
 信用できない人間に探らせて、敵方に情報を持ち込まれても困る。でも、放置しておくわけにいかない。
 そこで、アメリアからあたしの話を聞いて、依頼してみようと思ったんじゃない?
 一応、セイルーンのお家騒動を終息させた実績があるわけだし」
「なるほどなー」

あたしの前に、二枚目のクッキーを差し出しながら、でも……と、ガウリイは呟く。
「やっぱり、リナにこそこそとした仕事は、向いてないと思う」
「やかましい。」
あたしは心配性の保護者の手からクッキーを取り上げると、その口に無理やり押し込んで黙らせた。


ゲルトナー王国云々の設定は、私の捏造ですが、セイルーンとラルティーグの位置関係は、りーでぃんぐの地図を参考にしています。
こういう地図を見て、勢力関係をあれこれ妄想するの、好きなんです。


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