学校設備で萌えて悶える10のお題 「校庭の水飲み場」後編

ぽてぽてぽてぽて。
とことことこ。

一度も来た事のない場所のはずなのに、リナは興味の向くままに、ぽてぽてと先を歩く。そのちょっと後を追うオレ。いつものポジション。
時折振り返り、安心したように微笑む顔は三ヶ月前と変わらず。オレは安堵で胸をなで下ろした。

「ねぇ、ガウリイ。あれなあに?」
「ん? あれは、バスケットゴール。あの網がついたわっかの中に、ボールを入れるんだ」
「へー……おもしろい?」
「まだやったことないから、わかんないな。もーちょっと背が伸びてきたら、授業でやらせてもらえるらしいけど」
「ふーん。……とーちゃんにかたぐるましてもらったら、あたしもできるかな」
いや、それはどうだろう。そもそも、ボールが大きすぎて、リナの手ではまともに持てないんじゃないか?

首をひねるオレをよそに、今度は校舎の方へぽてぽてと駆けていくリナ。先日、向日葵の種を植えたばかりの花壇によじ登ると、窓越しに教室を覗き見る。
「あれは、あれは?」
「あれは黒板。何回でも書いたり消したり出来る板だよ。あれなら、いっぱい落書きしても、怒られないぞ」
「いっぱい……じゃあ『せかいせーふくぷらん』も、かけそーね」
「どこで覚えたんだ、そんな言葉……」
「にちよーのあさにテレビでやってる、ひーろーもの」
「……観るなら、女の子向け番組の方にしてくれ」
「わるものをいぢめるばんぐみの方が、もえない?」
可愛らしく小首を傾げられても、萌えないし、燃えないから。勘弁してくれ。


そんな質問攻めにあいながら。
教師のいそうな範囲を避け、普段なら訪れる事はない上級生の教室まで侵入し、図書館の鍵をこじ開けたがるリナを何とか押しとどめて、再び校庭まで戻ってきた頃には、既に結構な時間が経っていた。
さて、リナは満足できただろうか? と、自分の左手の先にいる少女を見やると、俯いたまま、なにやらもじもじと体をゆすっている。

こういう場合は、大抵三択。喉の渇き、トイレ、疲労、だ。
「リナ……どうした?」
「……のど、かわいた」
どうやら、一番難易度の低い障害だったようだ。オレはリナの手を引くと、校庭の端にある水飲み場まで連れて行く。作り自体は、公園に備え付けられている物と大差ないから、特に戸惑う事もないだろう。そう思い、彼女の手を離すと、職員玄関の方を注視していたのだが――。

緩い衝撃に引かれ振り返ると、俺の服の裾を握り締め、先程と同じくもじもじと体を揺らすリナ。
「もう水はいいのか、リナ?」
「…………かないの」
「え?」
「おみず、とどかないの……」
見上げた眼差しは、うっすらと涙で滲んでいた。

――あぁ、そうか。
公園とは違い、小学校内の設備は、そこで過ごす生徒の背丈を基準に作られているから。だから、リナの身長では、届かないのが当たり前なのだけれど。
拒まれた、と感じたのだろう。たとえ、相手が無機物であっても。
三ヶ月の間、オレに拒まれたと、小さな心を痛めた直後なのだから。昨日の今日で、癒える訳がないのだ。
忘れられる訳が――ないのだ。

オレは少し重くなった、けれどまだミルクの香りがする柔らかい体を抱え上げ、すがりついてきた小さな背中を撫でさする。
「大丈夫。小学校に入る頃には、届くようになってるさ」
「……うん」
「オレだって、職員室横の水飲み場は、まだ届かないし」
「…………」
「それに、リナが急いで大きくなったら、今みたいに抱っこ出来なくなるんだぞ?」
「そのときは、あたしがガウリイをだっこしてあげるもん」
「……それは、恥ずかしいから嫌だ」
「けちっ!」

けちなつもりはないのだけれど。
もう少しだけ。小さな彼女の、小さな世界が拓けるその時まで。
それまでの間、オレの名を呼んで、オレを頼って欲しい。
ただ、それだけだ。

三ヶ月も放っておいて、随分と虫がいい願いだとは思うけれど。
すがりついてくる、小さな腕の心地よさを知ってしまったからには、仕様が無い。


オレは、抱きかかえられたまま、一心不乱に水を飲む、リナのか細い喉を見つめる。
芽生えたばかりの感情に名前をつけるには、まだオレ達は幼すぎた。


……ここで終わっておけば、それなりにほのぼのした話だったのですが。実は、後日談があります。
腹黒いお子様大歓迎だぜ! という方は、後日談編もどうぞ!


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