学校設備で萌えて悶える10のお題 「校庭の水飲み場」後日談

五年間の見送り役を経て。
いざ巣立つ側に回ってみると、感慨や哀愁の念より、いつもより少し長い春休みに浮き立つ心の方がずっと大きい。
小学校卒業なんてそんなものよ、とうそぶきつつ見送ってくれたのは、近所でも評判の見目麗しい少女。もっともその外見とは裏腹に、恐ろしい本性を秘めている事を俺は良く知っている。彼女の妹にあたる人物なら、さらに熟知していることだろう。
そして今、俺が探しているのはその妹――リナの方だった。

校庭の外れ。
ぽつんと佇む水飲み場に、その姿はあった。
長い栗色の髪を片手で押さえ、一心不乱に水を飲む様子は幼い頃とあまり変わらない。
違うのは、もう誰の手も借りる必要は無くなった事。


――ああ、一人で届くようになったんだな。


それは、とうの昔に克服していた問題ではあったのだけれど。
あの日、ここで涙を滲ませて立ちすくんでいた彼女の面影は今なお鮮やかで、懐かしむ心を止められない。
そんな懐古心を、リナは薄々勘付いているようで、俺がこの水飲み場の前でぼんやりと佇んでいると、決まって嫌そうな顔をする――今みたいに。

「――遅いわよ、ガウリイ」
「ごめん。教室で、ルークに絡まれてさ」
「ひょっとして、あいつも来るの?」
「いや。ミリーナと約束があるからって断られた」
「一方的に、約束を取り付ける気満々なだけじゃないの?」
……ありえるなぁ。
ルークは小学校入学当時からの友人で、リナとは犬猿の仲だ。
同級生のミリーナへの一方通行アタックは、学年が違うリナの耳にまで入るほど、校内では周知の事実。

「まぁ、あいつが来ると、あたしの取り分減っちゃうから、来ない方が助かるけどね」
「心配しなくても、ばーちゃん朝から支度始めてたから、料理は食い切れないほど準備してると思うぞ」
「可愛い孫の卒業祝いだしね〜」
「そのわりに、リナの好物ばかり用意してたけどな。アップルパイとか」
最後の単語に反応して、リナの目がきらりと光る。
「待たせると悪いから早く帰ろう」と急かす言葉の裏には、「アップルパイはアツアツが美味しい」という彼女の信条がこめられているに違いない。
苦笑しながら、俺達はほころび始めた白木蓮の立ち木の下を潜り、家路を急ぐ。
六年間――そのうち三分の二をリナと共に歩いたこの道も、今日で最後だ。

「明日からは、一緒に学校行けないなぁ……リナ、一人で大丈夫か?」
「あんたねぇ……あたしを幾つだと思ってるの。大丈夫に決まってるでしょ!」
「どうかなぁ。リナは登校途中に、しょっちゅうケンカを始めるもんな」
「あれは、ルークがちょっかいかけてくるのが悪いんじゃない! ガウリイがいなくても、平気だってばっ」
「強がらなくてもイイって。オレがいなくて寂しいからって、泣くんじゃないぞ?」
「そんな事で泣くわけないでしょ!? ちゃんと、人の話聞きなさいよぉぉ!」
宥めようとした俺の手を振り払い、リナはわめき散らす。
俺の舌打ちには気づかずに。


――泣けばいいのに。
幼いあの頃のように、泣いて、泣きわめいて。全身で俺を欲しがればいいのに。
歪んだ暗い欲望が、ゆっくりと鎌首をもたげる。


けれど、俺は知っている。
あのくるくるとめまぐるしく世界を映す紅い瞳を、自分だけのものにしたくて、苛めたり、悪戯した奴らの末路を。
大半は当の本人の逆鱗に触れた挙句、返り討ちにされ、残りは俺が穏便に処理させてもらった。
そう。子供じみた幼稚な(誘い)は、彼女には通じないのだ。

だから俺は、こう誘う。

「……なあ、リナ。中学校の講堂に幽霊が出るって話、知ってるか?」
罵詈雑言をまくし立てていた小さな口が、ぴたり、と止まった。
唐突な話題の切り替えに、怒る様子も無い。つまり――反応アリ。
俺は畳み掛けるように話を続ける。
「図書館の蔵書は、小学校の倍ぐらいあるんだとさ」
睨みつける紅い眼光を正面から受け止めて、俺はにやりと微笑んでみせる。

「五月の連休までに、校内の地図は覚えておくからさ……どうだ?」
「……私服じゃすぐバレるわよ? ガウリイの制服を借りて男装するのは、流石に無理があるでしょ」
「ジャージでいいだろ。部活動中の生徒だと判断してくれるさ」
「ふぅむ……」

腕を組み、小首をかしげたのはほんの片時。
すぐにその瞳は、悪戯めいたものへ変わる。
「……乗ったわ、その(冒険)
「よし。じゃあ、春休みの間に計画を練ろうぜ」
見合わせた互いの顔には――共犯者の笑みが浮かんでいた。

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すがりついて泣いていたあの子は、もういない。
一時の保護者でありたいと願った自分も、消え失せた。
後に残ったのは、恋とも愛ともつかぬ、どろどろと混濁した独占欲。

――だけど、大丈夫。
お前の好奇心をそそる言葉を知っている。
お前が興味を惹かれる遊びも知っている。
お前の望みを叶える術も、知っているから。

気づかせぬよう、うまく外堀から埋めていくさ。
何時か、お前が同じ想いを抱く時が来たら――あの頃のように、泣いてオレを欲しがればいい。


12歳でこの腹黒さ、末恐ろしい。
後半までで終わらせようかとも考えたのですが。水飲み場お題で一番最初に浮かんだシーンが、水が飲めないよと泣くリナさんと、泣けばいいのに宣言するガウリイだったもんで、カットするのは忍びなかった。


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