続柄

意識する機会なんて、唐突にやってくるものだ。フィブリゾや、シルフィールの件で散々思い知ったつもりではいたけれど、まさかこんな日常にまで潜んでいるとは。世の中って怖いわねー。

『続柄』

入国審査の受付用紙に書かれた一項。同伴者との間柄を記入する欄。こいつのおかげで、あたしの手はゆうに五分は止まっている。
こんなもん、適当に書けばいーのよと、数ヶ月前のあたしがどこかで囁く。いや全く、仰るとおり。わかっちゃいるのよ、あたしもね。適当に書いたところで、それが真実かどうかなんて確認するすべは無いんだから。
ただ――さ。

あたしはちらり、と隣のブースへ視線を投げる。壁に阻まれたその向こうを見ることは出来ないけれど、ブースからはみ出た金色の頭が小刻みに揺れていた。
そう、適当に書いても、一向に構わないのだ。ガウリイが書いた『続柄』と、あたしが書いた『続柄』。この二つが矛盾さえしなければ。ああ、しまったなあ。あらかじめガウリイと打ち合わせておけばよかった。そうすれば、こんなに悩まなくて済んだのに。

ガウリイのヤツ、続柄の欄に何と書いただろう。保護者? 相棒? 他人? ヒモ?
いやいや、もしもヒモって書いていたら、全力で突っ込むけどさ。
でも、こういう項目で赤の他人っぽい内容を書くと、入国審査官の性格によっては別室に呼ばれ、色々突っ込まれるのよね。そうなると面倒くさい。
じゃあ、妹? いやいや、あたしたち全く似てないし、さすがに無理でしょ。
親子? うーみゅ。いくらあたしが童顔とはいえ、それもちと苦しい。
ならばやはりここは、コイビ……いやいや、マテマテマテ! それこそ、ガウリイの方が『保護者』と書いていた場合、書類に目を通した人物全員から、もれなく生温い笑みで見送られる事請け合いである。しかもガウリイに直接確認を取られた日には、関所ごと吹き飛ばすしか、あたしに逃げ道は無い。
うあー、どうしよー。狭いブース内で髪を振り乱しながら呻いている自分は、我ながら滑稽だ。

「おーい、リナ。まだ書いてんのか?」
「うあああ、ごめん! もうちょっと待って!」
「いや別に、急がなくてもいいんだけどな。呻き声が聞こえたから、腹でも壊したのかと思って」
「そんなわけないでしょ!」
あーもー、この鈍感男め。悩んでいるのはあたし一人だけですか、そうですか。


……うん、本当はさ。解ってるんだ、自分でも。
入国審査の兵士に詰問されたところで、軽く丸め込める程度の話術ぐらい、あたしは持っている。ちょっと白い目で見られたって気にする性格じゃないし、気に食わなければ呪文で吹っ飛ばすぐらいの大らかさも持ち合わせてるのよ。
じゃあ一体、何を気にしているのかといえば――きっと、気持ちの天秤の問題だ。
例えば、ガウリイが『恋人』と書いたのに、あたしは『旅の連れ』なんて書いたら、お互いの気持ちが釣り合ってないみたいで、ガウリイに申し訳ないじゃない。逆に、ガウリイは『保護者』と書いたのに、あたしは『恋人』と書いてしまったら、これはこれであたし一人が空回りしているようで切ない。

相手を想った分だけ想い返されたいなんて、傲慢もいいところだと解っている。普段ならこんなこと考えたりしない。けれど、こうやって書類という目に見える形で突きつけられると。そして、あたしの故郷までもう少しで到着することを考えると、ガウリイの本心を聞いてみたくもなる。ええい、乙女ちっくで何が悪い。あたしだって、もう18の女なのよ。

「――ねぇ、ガウリイ」
「おぅ、書き終わったか?」
「いや、まだだけど。ちょっと聞きたいことがあってさ」
 いい? 落ち着いて、落ち着いて。平静を装うのよ、あたし。
「……あんた、続柄の欄に何て書いた? その……同じ内容を書かないと、審査の時に面倒なことになるから、さ」
「ぞくがら?」
 端正な顔が、くきっと直角に曲がる。……なんか、嫌な予感。
「どこにあるんだ、それ?」
「どこにって……書類の一番右上。わかり易いところにあるじゃない」
「あー、これなー」
ぽむ、と手を叩いて、ガウリイは満面の笑みを浮かべた。

「意味がわからなかったから、後でリナのを写そうと思って書いてないぞ!」
「胸を張って、威張れることじゃなあぁぁぁいっ!!」


――あたしのコークスクリューパンチは今日も絶好調だったことと、その日のうちに関所を抜けることが出来なかったことだけ、最後に記しておく。


元々日記のほうに書いていた話を、加筆修正しました。日記の方のオチは、そりゃーひどかったです。あはははは(滝汗
しかし、こうやってアップして並べてみると『一脚の椅子』と矛盾する話かも。ちなみに先に書いたのは『続柄』の方です。


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