とある世界に苦題 「死体愛好プリンセス」

最近、セイルーン城内では、こんな噂がまことしやかに流れている。

「満月の夜は、地下墓地へ続く道を通ってはいけないよ。
 純白の衣装に身を包んだ聖女の霊が、そこに奉られた王族の方々をお慰めするために、お通りになるからね」

だが、やるなと言われれば、どうしてもやってみたくなるのが人の常。
好奇心に駆られた若い女中や兵士が、満月の夜に墓場へ続く道をこっそり覗いていた所、ある者は急に眠気に襲われ、ある者はいきなり闇に包まれ、そのまま意識を失ってしまったらしい。

結局、まともな目撃者のいない怪談は数多の尾ひれがつき、今や城内で知らぬ者はいないほど広まっていた。

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「……と、まあ、結構な騒ぎになっているわけだ。今回の幽霊騒動は」
「…………」
「――で、だ。それを踏まえた上で、尋ねたいわけだが。
 満月の晩に。セイルーンの皇女様が。深夜の地下墓地で、何をしている?」
「………………」

俺の腕の中には、ある意味この場所にふさわしく、だが年齢から鑑みると、まだまだこの場所に収まるには早すぎる少女が一人。薄く肌触りの良い、純白の夜着に身を包んだ少女は、この国に住む者ならば誰もが知る存在――第二皇女、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。
反して俺は、ただの一兵卒だ。入隊時期を考えるとかなりの地位に据えられていると言ってもいいが、皇女様を抱擁するという蛮行を許されるような身分では、ない。
だが、それでもなお、俺は腕の力を緩めない。
なにせ、この少女は幽霊騒動の最有力容疑者なのだから。

「聞こえなかったなら、もう一度最初から言うが?」
「……いえ。ちゃんと、聞こえました」
「なら、答えてもらおうか。俺は城内の不審な噂を確かめるべく、ここ(地下墓地)で張っていた。
 そこに、白い寝着を纏ったお前が現れた。眠り(スリーピング)に、黒霧炎(ダーク・ミスト)まで使える希少な聖女様が、だ。
 ……さて。何が目的だ、アメリア?」
「……ゼルガディスさんは、いぢわるです……」
答えになっていない――だが、答えたも同然。
愛と勇気と正義が信条だというこのお姫様の辞書に、嘘の二文字は存在しない。ゆえに、答えをはぐらかすという事は、自分が犯人と認めたも同然なのだ。
だが俺は、そこまで察してやる優しさを、この件に関しては持ち合わせていなかった。
だから、そ知らぬ顔で追求する。

「俺のどこが、意地悪だと?」
「……その、そうやって、全部解ってるのに……わ、私に、言わせようとするところが……」
腕の中の小さな体が、居心地悪げに身じろぎする――が、俺はその抵抗を抑え込むように、さらに力強く抱きしめ、耳元で囁く。
「俺が? 一体、何を解っているって?」
「〜〜〜っ! やっぱり、意地悪ですっ!」
首筋まで赤く染め、ぷいとそっぽを向き。それでも、俺の腕から逃げようとしない少女が可笑しくて、俺はくっと吹きだした。その行為は彼女の怒りを助長させるが、一度笑い出した人間というものは、なかなか止まらないものだ。

まあ、意地悪といわれても仕方のないことだろう。
ここまで状況証拠を滔々と並べ立てた後に、自白を強要し。なおかつ、抱擁を拒まれない程度に好意を向けられている事を自覚した上で、それを、逃走を防ぐ手段として利用しているのだから。
……だがな、アメリア。
俺に言わせれば、お前の方がずっと意地悪で。余程タチが悪いと思うぞ?

「もう! いつまで笑ってるんですか、ゼルガディスさん!」
「――ああ、悪い。で、お前はいつになったら、自主的に説明を始めてくれるんだ?」
「……う゛ぅ〜〜〜」
見上げてくる大きな瞳に、うっすらと涙が滲む。だが、ほだされてなぞやらない。
俺は墓地の出口に視線を向けると、腰に下げた呼び子に手を伸ばし――その腕をアメリアに掴まれる。どうやら、やっと観念したらしい。
先を促すと、渋々といった体で彼女は口を開いた。

「……ゼルガディスさんに……」
「俺に?」
「……ゼルガディスさんに逢うために……ここに、通ってました」
「…………」
ため息しか出てこない、わかりきった答え。
俺は苦々しい顔を隠そうともせず、アメリアの視線の先にある棺に目をやった。
それは、彼女の目的であり。俺の過去の過ちを具現化したものでもあり。
そして、無関係の人間から見れば――ただの『死体』だ。

おそらく、アメリアが手入れしているのだろう。砂埃すらついていない棺の蓋を撫でながら、俺は嘆息する。
「やはり、処分しておくべきだったな。コレは」
「えぇぇ! 待ってください、それだけは〜!!」
「なら、もうこの場所には来ないと誓えるか?」
「うぐっ……そ、それはちょっと……」
「誓えないなら、コレは焼却処分するしかないな」
「そ、それだけは、やめてください〜〜〜っ!」
減税の嘆願にきた市民のような顔をして、アメリアが俺の胸にすがりつく。

正直な性分は、彼女の長所ではあるのだが。こういう時ぐらい、どこぞの女魔道士を真似て、嘘でもいいから「誓う」と頷いておけばいいものを。おかげで話が全く進まない。
進展のない会話を嘆きつつ、俺は真っ暗な天井を仰ぐ。

そもそも、こちらはさっさと引き上げたい気分で一杯なのだ。
深夜の墓地に怪談付きという、最高位の人払い要素が揃った場所とはいえ、所詮は警備の厳しい王宮内だ。いつ、誰が見回りに来るか、わかったものではないのだから。
だが、公的な場面では聞き分けの良いアメリアも、この『死体』に関しては断固として譲らない。
この棺を、地下墓地に安置すると決めた時ですら、一騒動だったのだ。ましてや処分ともなれば、頑強な抵抗にあうのは目に見えている。
となれば――短時間で、この平行線な会話を打開するには、結局俺が折れるしかないのだった。

「……わかった、処分はしない。だが、もう深夜にここを訪れるのはやめろ」
「でも、最近昼間は執務が忙しくて、ここに顔を出す時間は……」
来るな、頼むからっ! 墓地なんて、年に数回も訪れれば十分だろ!?
喉元まで出かかった言葉を、既の所で飲みこんだ。


代わりに頭を一つ振り、意識を切り替える。――事態の早期決着を図るために。


俺は、目の前の華奢な肩にそっと腕を回すと、細い腰を性急に引き寄せた。花香を纏う艶やかな黒髪にゆっくりと唇を押し当てると、その耳元で低く囁く。
「今すぐ部屋に戻るなら……相手をしてやるぞ?」
ぴくり、と滑らかな寝着に包まれた体が震える……が、その顔は伏せられたまま。
もう一押し、か。

俺は、薄い布越しに、彼女の背筋をつぃっと撫で上げながら、最後の選択を迫る。
「『抜け殻』の俺と、『生身』の俺。……どちらが良いんだ?」
ゆっくりと顔をあげ、見上げてきたその瞳には――非難と期待が入り混じった色。
「……今日のゼルガディスさんは、正義じゃないです……」
「お互い様、だろ? 聖女の幽霊様」

覗き込んだその顔には、正直な性分そのままに『ばつが悪い』と書いてあった。

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これ以上寝着を汚さぬようにとの配慮から、俺はアメリアを抱き上げたまま、静かに出口へと向かう。
柔らかな弾力を感じつつ、けれど頭を占めるのは、紫の瞳を持つ高位の魔族――アイツこそ、全ての元凶。

俺の背後にある、あの棺。
アメリアが手入れをしていたそれの中には、俺が合成獣(キメラ)だった頃の体がそっくりそのまま納められている。
小器用なヤツ(ゼロス)は、俺の体を構成する物質から合成獣の素材として使われた部分だけを綺麗に抽出し、『人間』の俺と、合成獣だった頃の『抜け殻』を作り出したのだ――おそらく、わざと。
アメリアが、俺の『抜け殻』に執着する事を、見越した上で。
その事実に、俺がやきもきする事すらも想定して。

ああ、まったく。忌々しいったらありゃしない!

心の中で悪態をついていた俺に気がついたのか、アメリアが困惑した表情で見上げてくる。
「ゼルガディスさん……まだ、怒ってます?」
「……いや。どうやって、お仕置きしてやろうかと、考えていただけだ」
「やっぱり、怒ってるじゃないですか〜っ!」

怒っていたのは、アメリアに対してではなかったのだが……まぁ、多少の意趣返しぐらいはさせてもらおう。
死体と俺を、天秤にかけた分の罰ぐらいは、な?


ドSなゼルが書きたかったのですが……まだまだぬるいなぁ。
まぁ、合成獣時代の自分も慕ってくれていたとゆー、嬉しいよーな、過去の自分に妬けるよーな複雑な心境でしょうし。
そこまでいぢめっ子にもなり切れないシーンではないかと。

ところで。15巻の例の伏線に、昨年やっと気づいた愚か者は私です(汗
メフィがあんなにわかりやすく説明してたのに……


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