とある世界に苦題 「魔王様の自殺未遂」

傷口が――熱い。
溢れる血液と共に、あたしの命が流れ出ていくのが解る。
赤く濁り霞む視界の先には、愛したあの人が壊れていく姿。

――お願い、泣かないで。

彼だけでも、生きていて欲しい。
あたしは呼吸すらままならぬ喉から、最後の混沌の言語(カオス・ワーズ)を紡ぎだし、母なる存在を召喚した。

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「やっ! どーも、ご指名ありがとー! 人間に呼び出されるなんて、ひっさびさだわー」
「…………どちらさまでしょおか?…………」
「どちら様も何も、あんたが召喚したんじゃない」
「……ということは、あなたが万物の母!?」
「その呼び方だと、すっげーたくましい肝っ玉母さんみたいじゃない。
 もーちょっと気さくに、『L様』って呼んでくれてかまわないわよ」
「気さくなのに、『様』付け強要ですか」
「やかましい。」
人間のわりに、なかなかいいツッコミをする娘である。

「……で、あたしに何をさせたいわけ? 急がないと、あんたの体もたないわよ?」
「あああ、そうでした! 助けてください、母様!」
「だから、母と呼ぶなっつーに」
「助けてください、様。」
「『母』だけ省けば、いいってもんじゃないでしょおおお!?」
「もう! あたしに残された時間はあとわずかだというのに、L様は脱線しすぎですっ!」
「あたしのせいかあぁぁぁぁぁ!?」

ぜーぜーと肩で息をするあたしの背中を、死にかけ少女が擦る(イメージです)
「……あんた、名前は?」
「リヴィナといいます、母様」
「さっきはちゃんと『L様』って呼べてたよねぇ!?」
「あら、そうだったかしら? 同じネタでひっぱりすぎると、読者に飽きられますよ? L様」
「やっぱり、呼べるじゃないの!!」
「で、お願いしたい事があるんですけど……」
切り替えはえーよ、この娘(リヴィナ)

「……まあ、あんたの体、あと数分ともたないだろうしね。さっさと言いなさい」
「わたしの側に、赤毛の青年がいると思うんです。彼を……助けてください!」
「助け……る?」
疑問を感じるのは、当然の事だろう。
両手で足りるほどしか呼び出されたことがないあたしだが、人助けを頼まれたのは今回が初めてだ。
大抵は、「あれ、壊してー」「へいへい」「ぼかぁぁぁん」で、終わるのだから。

意識を外へ向けると、確かに赤毛の青年はそこにいた。
ただし――もはや、人の原型をとどめてはいなかったが。
件の青年は、どうやら部下Sのお仲間だったらしく、リヴィナの死(いやまだ生きてるけど)をきっかけに、魔王として覚醒してしまったらしい。

「……アレのナニを、どーやって助けろと?」
「彼、このままじゃきっと自殺すると思うんです。私にべた惚れでしたから。だから止めてください」
「……そ、そぉですか。でも、あと数分しかないのに、自殺しないよう説得するって難しくない?」
「あ、それはL様なら簡単ですよ。ちょっとお耳を拝借しますね」

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「うわぁぁぁん、リヴィナぁぁぁ! 彼女の居ない世界なんて、生きていてもしょうがないのに……死んでやるうぅぅ〜!!」
「わーーっ、待ってくださいよ、シャブラニグドゥ様! せっかく復活なさったんですから、死ぬなら世界を滅ぼしてからにしましょうよ〜」
「うるさい、うるさいっ! 俺はさっさと死んで、リヴィナに会いに行くんだっ!!」

……彼女の言ったとおり、どうやらかなりのヘタレ君のようである。
リヴィナの姿と声を借りたあたしは、めそめそ泣き喚く魔王に背後から声をかけた。
「あーもー……ちょっと落ち着きなさいよ、レイ」
「……え!? リヴィ……いや、金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)様!?」
「お。一発で見抜けるとは、腐っても赤眼の魔王(ルビーアイ)ねー。えらいえらい」
「どうして……そんなお姿で」

淡く微笑んだあたしは、彼の頬をつたう涙を指でぬぐうと、彼女からの伝言を伝えた。
「リヴィナから、最後のメッセージよ……。
 『もしも後追い自殺なんてしやがった日には、カブト虫ゼリーに漬け込んだ後、トゲトゲハンマーで全身すりおろし、ミ○ズとあえてもぐらの餌にしてくれる!』だってさ。
 いやー彼女、人間のわりになかなかイイ拷問知ってるわよねー。あたし感心しちゃった」

――ぴしっ。

……ん? なんか急に気温が下がったような。気のせいか?

「あ、あの、シャブラニグドゥ様……死人の言う事ですから、冗談ですよきっと……」
「いや……リヴィナって、有言実行のひとなんだ……。前にもね……」
金色の魔王たるあたしをそっちのけで、レイと部下の魔族がひそひそ話を始める。

「あ。ちなみに、リヴィナはそのうち転生しちゃうと思うんで、あんたがいつ自殺してもいいように、彼女のパーソナリティはあたしが引き継いでおくわ。そこんとこよろしくっ!」
「ええぇぇぇぇぇ!?」

なにやら悲痛な叫びを上げる部下どもを残したまま、あたしは燃え尽きたリヴィナの魂と共に、再び無明の闇溢れる混沌の海へと帰還した。

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――かくして、カタート山脈に一人の勤勉なる魔王が誕生した。
その影に、一人の女性の尽力があったことは――L様しか知らない。

「ねぇ、リヴィナ……。ほんとーに、あれで良かったの?」
「ふふ。L様にはわからないかもしれませんけど……どんな形であれ、愛した人が生きていてくれるのは、嬉しいものなんですよ」
「……あの世界の住人も、気の毒ねー……」

混沌の海で、こんな会話があった事も――二人だけの秘密。


りーでぃんぐの、神坂先生のインタビューにあった「L様は、覚醒前のレイ=マグナスが愛した女性のパーソナリティを模している」という発言を元に書いてみたのですが。……ひどい事に。
結局、パーソナリティを模す前のL様が想像出来なくて、大して違いを感じませんが。多分、拷問方法とかその辺を引き継いだのでしょう。


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