学校設備で萌えて悶える10のお題 「保健室のベッド」

例えば、風邪で学校を休んだ日に、ベッドの中で聞くチャイムの音や。
早退して帰る道すがら、校庭で行われている授業を眺める時。
朝、病院に行った後、一人遅れて登校する日なんかもそうね。

自分が普段居る日常を、別の視点から見れる場所。
正当な理由で囲いの外にいるはずなのに、なぜか沸いてしまう罪悪感と、ほんのちょっとの優越感。

そんな、ちょっとした非日常と同じ場所にあるはずなのよ、保健室のベッドって。
普通なら、わくわくする場所でしょう?
なのにどうして――こんなに居心地が悪いのかしら。

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あたしは健康優良児である――出席日数においてもそうであるかはさておき。
さらに、この部屋(保健室)は苦手だという自覚もあるから、極力寄りつかない様にしてきた。
だから本日、白いカーテンに囲まれたこのベッドに横たわっている事実は、ひじょーーに遺憾であった。

まあ、原因は解っている。
前日、友人から借りた本が大変面白くて、ついつい夜更かしをしてしまい。
うっかり寝過ごして、朝食を食べぬまま家を飛び出し。
さらに一限目は体育で、長距離走だった。
ついでにあの日で、貧血気味。
――不運もここに極まれり、である。

(……あとで、アメリアにお礼を言わないとなー)
ランニング中にぶっ倒れそうになったあたしを支えてくれたのは、友人のアメリアだった。そこは感謝しているのだが。そのままお姫様抱っこで、保健室まで運ぶと言い出したのには、まいったまいった。
お父さんの趣味に付き合って、日々筋トレに励んでいる彼女なら、冗談でなく出来そうなのだが。注意力散漫気味の彼女の場合、ふと気が逸れた拍子にあたしを落とす可能性大なので、全力で遠慮させていただいた。

代わりに保健室から飛んできて、あたしをお姫様抱っこで運んだ人物。
もう大丈夫だと主張するあたしの話を無視して、ベッドに押し込めた犯人。
居心地の悪さの元凶。保健室の主。
それが、今カーテンの向こうで女子生徒から告られている男――ガウリイ=ガブリエフである。

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「先生……私、悩みがあるんです……」
「おーそっかー。そりゃあ、大変だなぁ」

いや。「大変だなぁ」じゃないだろ、おまい。
養護教諭って、生徒の相談に乗るのも仕事でしょ?


「相談に乗ってもらえませんか?」
「おぅ、オレに話して気が楽になるなら、いくらでもかまわんぞ?
 オレ、忘れっぽいから、秘密をばらされるなんて心配はいらないからなー」

あんたが忘れっぽいのは、良く知ってるけどさぁ……。
それをこのタイミングで言うのは、教師としてどうなの。


「あの……私…………先生の事が、好きなんですっ!」
「へー、そうなのかー」

あまりの返答に、女生徒Aさんは沈黙する。
あのね。その男はね。多分、自分以外の『先生』の事だと勘違いしてる。


「……その……ガウリイ先生のことが、好きなんですけど……」
「へ!? ……あー、オレの事だったのかー」

ほーら、やっぱり勘違いしてた。
流れで気づくだろ、ふつーさぁ。


「…………」
「…………」

あーもー。好きで盗み聞きしてるわけでもないのに、あたしの方がいたたまれないじゃん!
彼女は返事を待ってるんだから、何か答えてやんなさいよ!!


「……今すぐじゃなくてもいいですから……いつか、返事を聞かせてもらえませんか?」
「そっか、返事か……それなら、今すぐできる」


――とくんっ、とあたしの胸が高鳴る。


「悪い。オレ、好きな子がいるんだ。そいつ以外目に入らないし、将来は結婚したいって思ってる」
「――っ!?」
がたんっと荒々しく席を立ち、駆け出していく足音。多分、泣いてるんだろうなぁ。
……だから居心地悪くて嫌いなのよ、この学校の保健室は。

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ゆっくりとした足音が、こちらへ近づいてくる。
カーテンをかき分け顔を見せたのは、女生徒殺し(ガールズ・キラー)とか、マンボウの食べ残し(つまり、クラゲ)と名高い、白衣を着た金髪の美青年。

「リナ、気分はどうだ?」
「体調なら、ベッドに押し込まれる前から、大丈夫だったわよ。気分なら、サ・イ・ア・ク」
ついでに、べーっと舌を突き出してやるが、歯牙にもかけず。
ガウリイは、ひょいとあたしの前髪をかきあげると、額を押し付けてきた。

「んぁ!?」
「熱はなさそーだなー。顔色も、さっきよりはマシになってきた。
 ま、もーちょっと寝てろよ。睡眠不足だったんだろ?」
「こーんな、女生徒が入れ替わり立ち替わり告白しに来るよーな場所で、寝ていられるかぁぁ!!」
思わず、布団をちゃぶ台返しするあたし。
それは床に落ちる前にガウリイに受け止められ、再びあたしの上に戻ってきたが。

「じゃあ、鍵閉めとくから」
「さらっと、業務放棄発言するなっ!」
「放棄してないぞ? これから、リナの世話をするんだからな」
「結構よ! もう、授業に戻るから!」
ベッドから飛び降りかけたあたしの体を、後ろからにゅっと伸びてきた逞しい腕が抱き止めた。

「なんだよー。リナは滅多に保健室に来ないんだから、たまにはゆっくりしていけよー」
「それが教師の言うセリフかぁ!?」
「じゃあ、彼氏ならいいのか?」
「――んなっ!?」
腰に回された腕に力がこもり、耳元に熱い吐息がかかる。

「あんた……あたしが卒業するまで、手を出さないって言ったわよね?」
「おぅ。だから、抱っこ『しか』してないだろ?」
「学校じゃ、抱っこ『も』しちゃ駄目でしょう。教師なんだから……」
「でもさ。今、手を離したら、リナは怒ったまま帰っちゃうだろ?」
「…………」
「妬いてくれるのは嬉しいけどな。でも、笑ってるリナの方が好きだから、機嫌が直るまで帰さない」
むぎゅうと潰さんばかりの勢いで抱きしめられ。すりすりと、ほお擦りまでされちゃって。
誰か来たら、言い訳のしようがない状況だって気づきなさいよ、この馬鹿。


……ああ、もう。だから保健室は嫌い。
あんたが教師でいなくちゃいけない場所。
あたしが生徒でいなくちゃいけない場所。
ここじゃ、あんたはあたしのモンだ! って、主張もできないし。
素直に甘える事すらできないのよ。


「……早く卒業したいわ」
ぽつりと漏らしたあたしの呟きに。

「そうだなー、楽しみだなー……卒業したら、覚悟しておけよ?」
不穏な返答が聞こえたのは――できれば、空耳だと思いたい。


先生×生徒。さらに白衣×体操服な関係でございました。……想像すると、白比率高いなぁ。
すまっしゅ三巻の表紙と合わせて御覧頂くと、リナの方だけ挿絵付の気分でお読みいただけます(面倒な!


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