学校設備で萌えて悶える10のお題 「体育用具室」

学校中、至る所に寝床を持つあたしだが、雨の日は選択肢が狭まる。
居心地の良い屋上やベランダは軒並み使えないし、湿気や冷えも考慮しなければならないからだ。

こんな時に都合が良いのは、体育用具室。
少々臭いは気になるが、分厚い体操用マットは何時間寝ても体は痛くならないし、床からの冷気も感じない。ゆえに、サボり生徒内では人気スポットなのだが、本日は珍しく誰もいなかった。
おそらくライバル達は、授業を受けるよりはマシだと判断して、講堂で上映中の『きょーいくきかんむけ どーとくえいが』を大人しく観ているのだろう。あたしは、映画=娯楽だと考えている人間なので、謹んで自主的に辞退させていただいた。

雨粒がひさしを叩く音だけが響く、静かな空間で。
あたしはスカートが皺にならぬよう、プリーツのひだを押さえながらマットの上に座り、着ていたブレザーを脱いで上半身に掛け、寝転んだ。
これだけで、あっという間に快適なお昼寝環境の完成である。

くすんだ灰色の天井を見上げながら目を閉じると、あたしはあっという間に眠りに落ちていった――。

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……どれぐらい寝たんだろう?

すっきりした頭と、みょーにぽかぽかした体に違和感を覚えつつ、あたしはゆっくり目を開ける。くすんだ灰色で満たされるはずだったあたしの視界は、右半分が金色で染まっていた。……んあ?

首を動かし、頭を軽く起こすだけで、事情は簡単に把握できた。
金色の正体は、女生徒からは秋波の的、男子生徒からは嫉妬の的として校内では有名なガウリイ=ガブリエフ――その、髪の毛。
みょーにぽかぽかしていたのは、あたしのブレザーの上に、さらに彼のブレザーが掛けられていたからだった。
ちなみに当の本人はワイシャツ一枚で、いまだすぴょすぴょ寝ている。

これが他の男子生徒なら、乙女の隣で気安く寝るな! と問答無用でぶっ飛ばすところなのだが。何せガウリイは、お互いおしめも取れていない頃から知り合いだったとゆーご近所さん。一緒にお風呂に入ったこともあれば、添い寝なんて日常茶飯事だった間柄である。今更怒る気にもなれない。

「あんたねー……スポーツ特待生のくせに、風邪引いたらどーすんのよ……」
体を起こし、あたしが着れば太ももぐらいの長さはありそうなデカい上着を、彼の肩に掛け直してやる。その感触で目が覚めたのか、小さく身じろぎすると、空色の瞳がふわりと開いた。

「……おー。リナ、おはよー……」
「おはよー、じゃないわよ。いつの間に来たの?」
「っと、いつだったかな……映画が始まって、すぐリナがいないのに気づいて……抜け出して……」
「あんたまで、サボる事ないじゃない」
あたしはおもわず苦笑する。
「講堂で寝ちまったら、他の連中に迷惑だろ?」
「……前科もちだもんね」
二人で映画を観に行ったのは良いが、上映開始五分後から終了まで、ガウリイがずっと寝っぱなしだったのは、まだ記憶に新しい。

「それに、ここの方が寝心地い――」
言いかけたガウリイの口が、途中で強張る。音もなく起き上がった彼の動きで、あたしは全てを察した。
出来るだけ音を立てぬよう、マットを踏みならして寝跡を消すと、跳び箱の最上段を持ち上げ、その中へ滑り込む。遅れて、ガウリイも隣に飛び込んできた。

跳び箱の隙間から、出入り口のほうを窺う。しばらくすると明かりが差し込み、ジャージ姿の教師が顔を見せた。二、三度首をめぐらすと、その顔が引っ込む――続いて、ガシャンと、金属がぶつかる音。

「「……げ。」」
あたし達は中に飛び込んだ時以上に、音を立てぬよう慎重に跳び箱から抜け出すと、用具室の出入り口を確認する。
――が、案の定。

「……なんつー、お約束な……」
年頃の男女二人。体育用具室――マットあり。外から施錠。
これをベタと言わずして何と言おうか。あまりの鉄板な展開に、あたしはがくりと膝をついた。

「もう、戸締りの時間だったかー」
凝った体を伸ばしつつ、他人事のように言うガウリイ。
「あんたね……閉じ込められちゃったのよ? もーちょっと焦るとか、窓から脱出を試みるとか、緊迫感をもったらどーなの?」
「そー言われてもなぁ……。窓は無理だろ、鉄柵はまってるし」
「まあね……じゃあ、扉を蹴破ってみるとか」
「蹴破る前に、音に気づいて教師が飛んでくるのがオチだと思うぞ?」
むぅ……ガウリイのくせに、賢い判断しちゃって。

「……携帯で、ゼルかアメリアに連絡取るとか」
「あー。オレの携帯、バッテリー切れてそのままだ」
「充電ぐらいしなさいよ……」
「リナの携帯は?」
「カバンの中に入れたまま。教室にあるわ」
外部連絡手段も絶たれてしまった。まいったなー。

腕を組み、首をひねるあたしをよそに、ガウリイは再びマットの上に寝転がる。
「ちょっと……なんで、そんなに落ち着いてるのよ……」
「だって、リナも焦ってないだろ?」
「…………」
「焦って脱出方法を考えているんじゃなくて、脱出方法を知っているけど、オレに見られたくないから、何か別の方法を考えている――そんな感じがする。だから大丈夫かな、と」


…………クラゲのくせに。変なところで鋭いんだから、もう。


あたしは大仰にため息をつくと、跳び箱の上によじ登り、天井の羽目板を一つ外す。ぽっかりあいた暗闇に手を突っ込み、しばし探った後、目的の物を取り出した。薄い合板。長いヘアピン。ペンライト。他、いくつかの工具。
それらを見た途端、こちらを見上げていたガウリイの端整な顔が、ぐにゃりと歪む。
ほら、そういう顔するのわかってたから、やりたくなかったのよ。

「何でそんな所に、そんな物を忍ばせてるんだ……」
「備えあれば憂いなしってやつ? おかげで脱出できるんだから、感謝してよねー」
扉の前にあぐらをかいて座り込むと、起き上がってきたガウリイにペンライトを渡す。
手元を照らしてもらいつつ、鍵穴を覗き込むあたしの耳に、低くくぐもった笑い声が響いた。

「……やっぱり、リナは頼りになるな」
「……あんたもね」

きっと、こんな道具を持っていなくても。
ガウリイと二人なら、どんな場所からでも抜け出せる。
そう思ったのだけれど――余裕綽々の相棒の態度が癇に障ったので、あたしは出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。


学校設備お題はカップル前提が多かったので、このお話は「相棒」設定で書いてみました。
どこがどう違うかと問われると、大して違いがない気もしますが……(汗

余談。ガウリイが「リナは焦っていない」判断をした根拠は、リナの口調からです。
八つ当たりとか、怒り的なモノが口調に含まれていない(ように書いた)ので、大丈夫だろうと判断した模様。


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