学校設備で萌えて悶える10のお題 「ベランダの手摺」

中等部の部活棟。
その四階のベランダからは、隣接された高等部の駐輪場が良く見える。
小中高とエスカレータ式なのだから、そこを通るのは見覚えのある人物の方が多いはずなのだが、中等部と制服が違うというだけで、乙女達の目にはフィルターがかかるものらしい。
いつの頃からか、部活棟のベランダは、高等部の男子生徒を品定めする乙女達の溜まり場と化していた。

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「……今日も、元気ねー……」

部活棟、四階ベランダ、最南端。
おやつを食べるには特等席のこの場所。
あたしは、教室から拝借してきた椅子に座り込むと、購買部で買い込んできたパンにかぶりつきつつ、駐輪場に向かって携帯カメラをかまえはしゃぐ乙女達を眺めていた。

彼女達と、あたしの目的は、もちろん違う。

あたしの隣にある教室は、あたしが所属する部活の部室で、この日当たりのいいベランダは、部活の合間の休憩所として部員全員が使っている。
そう。だから、品定めなんてしていない。休憩所で、日課のおやつを食べているだけだ。
そもそも、ヤツがこの時間帯に駐輪場を通るはずがないのだから――。
日向ぼっこをしながら、ぼんやりと小麦のかたまりを噛み締めるあたしの耳に、聞き慣れた単語が飛び込んできた。

『金髪』『長身』『蒼い瞳』『竹刀』

ぎょっと目を見開き、分厚いコンクリートの手摺越しに視線を向ければ、そこには見知った青年の姿。
――ガウリイ=ガブリエフ。
別の言葉で言い表すなら、ご近所さん。幼馴染。ピーマン嫌い。とっぽいにーちゃん。二年前までは上級生。
あるいは――初恋の、ヒト。

でも、どうしてこの時間に駐輪場に? いつもなら、部活動真っ最中のはずだ。
ばくばくと早鐘のように鳴る胸を押さえながら、もう一度横目でちらりと自転車の群れを覗き見る。
……うん、間違いない。ガウリイだ。久しぶりに見かけたその姿にほころびかけた口元が、一気にこわばる。
ブレザー姿の、長い黒髪の女生徒が、彼を追いかけてきたからだ。大人びた、綺麗なヒト。
以前、剣道部のマネージャーだと紹介された子。
恋人同士のように並んで歩く二人をまじまじと見つめていると、ふと金色の頭が揺れ、こちらを見上げた――ような気がした。

(―――!?)

とっさに座り込み、ベランダの手摺に隠れる。
多分、気のせい。きっと、気のせい。自意識過剰な自分の心が見せた幻だ。そう言い聞かせながらも、どんどん火照ってくる顔を両手で覆った。
視覚を塞いだせいか、鋭敏になった聴覚は、離れた場所の噂話も簡単に拾いはじめる。


「知ってる? カレ、子供の頃から剣道やってるんだって。だからあんなに強いのねー」

(知ってるわよ。二人で近所の悪ガキとケンカして、こてんぱんに負けてから、習い始めたんだもの)


「やっぱ高校生は、大人びてるし、かっこいいよね!」

(騙されてるわ、あんたたち。あいつ、何回言っても洗顔フォームと歯磨き粉を間違えるし、未だにピーマン食べれないのよ?)


「隣のヒト、彼女かなぁ? お似合いだね」

(……そうかも、ね。マネージャーだって紹介されたけど、彼女の目はその言葉に満足していなかったし)


塞ぐべきは、視覚ではなく、聴覚の方が適切だったかもしれない。
嘆息しつつ両手を顔から外すと、俯いた視界に小ぶりの上履きが目に入った。細い脚を辿って視線を上げれば、あたしと同じ白いラインが入ったセーラー服。肩で切りそろえられた黒い髪。心配そうにあたしを覗き込む大きな瞳――アメリアだ。

「大丈夫? リナ」
「……うん、へーき」
手を差し伸べてくれた優しい友人に甘え、力を借りて立ち上がる。
察しがよく、事情も知っている彼女は、首をめぐらせただけで全てを理解したようで、立ち上がったあたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
……あたしよりちょっと大きい胸の弾力が、ぷにぷにして気持ち良いって言ったら、怒られるかなぁ。そんな不謹慎な事を考えてしまう。

「ねぇ、リナ……明日休みだし、今晩泊まりに来ない? 姉さんがケーキを焼くって言ってたわ」
「う゛っ…………お邪魔しちゃおう、かな」
「じゃあ、夕飯も一緒に食べましょ? あとで、家には電話するから」
「うん……お言葉に、甘えます」
「代わりに、物理の課題見せてね?」
「……ちゃっかりさんね」
アメリアの肩口に顔を埋めたまま、二人でくすくすと笑い合う。
ひとしきりじゃれ合った後、あたしは深呼吸すると、努めて平静を装って口を開いた。

「――もう行った?」
誰が、とは言わない。
「……まだ、居るみたい」
彼女も、誰が? とは問わない。けれど、声音から察するに、多分二人ともまだ居るのだろう。
強張ったあたしの背中を溶かすように、アメリアの手が優しくさすりあげる。

「……あめりあ」
「なぁに?」
「……すき。」
「私も、リナのこと大好きよ」

背に回された彼女の腕に、少しだけ力がこもる。
優しい友人の腕の中で、あたしはちょっとだけ――ほんのちょびっとだけ、泣いた。

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高等部の駐輪場。
その場所からは、隣接された中等部の部活棟が良く見える。
さらにその四階のベランダでは、時折、愛らしいセーラー服の少女達が微笑み合ったり、抱き合ったりする姿が見られると、一時評判だったらしい。

その様は、一部の人間に倒錯的妄想を。
そして特定の人物には、殺意を抱かせるに十分な映像だったと聞かされたのは、あたしが高校に入学し、紆余曲折の末いろんな誤解を解いてからのお話――。

……アメリア相手に、妬かなくてもいーじゃん……


当サイト比300%UP! と言ってもいいほど、リナさんが乙女らしくなってしまい、私はほんとーにスレイヤーズの二次創作を書いているのか? と不安になったお話。
黒ガウリイを書いている時も、実は似たよーな気分になります。


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