学校設備で萌えて悶える10のお題 「階段の踊り場」

あんぜんめんのはいりょがどーたらとか、じこをみぜんにうんたらとか、何かしらの事情から、屋上に通じる扉は、入学当時から閉じられたままだ。
知人に言わせると「自身の行動が招く結果を予測できない子供と、教えるべき事を教えず責任を転嫁する事に長けた保護者、それらが原因で発生する煩雑な業務を減らすための、安易な一手」なのだそうだ。
記憶力が乏しいと言われて久しい俺が、後者を鮮明に覚えている理由は、その内容はろくに理解できないものの、口調の端々から漂う危険臭を感じ取ったからである。彼女の毒舌から始まる厄介事のフォローは、俺の日課といっても差し支えない頻度で発生していたから、そのきっかけへと成長しそうな種は、望む望まざるに関わらず、記憶に刻まれていくのだ。

……まあ実の所、屋上封鎖の理由なんてどうでも良い。
封鎖された事によって生まれた、誰も通る事のない、屋上出入り口前の階段の踊り場。
居心地の良いその場所を得られた事に、俺はただ感謝しているだけなのだから。

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気心の知れた面子とつるむのは存外に悪くないものだと、高校に入学してから知ったけれど。それでも時折、一人になりたい時はある。
人目を避け、そうっと階段を登り、たどり着いた踊り場。屋上に通じる扉にはめられたガラスから射す陽射しを浴びながら、俺は冷たいタイルの上に腰を下ろし、壁に背を預け、ただぼんやりと過ごす。
なんでもない簡単な事のようだが、家ではこんな時間を過ごす事は難しい。


行き止まり。
閉ざされた扉。
誰もいない、がらんとした空間。
ガラスの向こうには――開けた世界。


こうやって考えてみると、家もここも大して変わらないんだけどな。気を使う相手がいないだけで、こうも気を抜けるものか。
呆けた心を、春の陽射しがじんわりと暖める。上昇した体温がさらに安息を助長し、俺はうとうととまどろみ始めた――が、タイル越しに響いてきた軽やかな足音が、一気に現実に引き戻す。
足音の主を確認すべく薄く目を開けると、階段の手摺の向こうに栗色の髪がふわりと揺れた。

「あれ? ガウリイ、こんなところにいたのね」
「……おー、リナー……」
「……あんた、日光浴で溶けたんじゃない? いつも以上に、顔が緩んでる」
「ちょっと、微睡んでただけだぞー」
「あら、そ。気をつけないと、クラゲ脳が干からびちゃうわよ?」
相変わらずの毒舌。ひでぇなぁ……もう慣れたけど。

「リナは、何でここに?」
「お天気良いから、みんなで屋上でお弁当を食べようって話になってね」
「ひでー、オレのけ者かよー」
「人聞きの悪い事言わないでよ。探したけど見つからなかったの! まさか、ここで寝てるとは思わなかったし」
……あー。そういや、誰にも言わずに来たんだった。

リナはさっさと俺の前を通り過ぎると、扉の前に立つ。
陽射しを透かすと、オレンジ色にも見える長い髪をぼんやりと眺めながら、俺はやっとその事実を思い出した。
「……その扉、鍵閉まってるぞ? どうやって、屋上でメシを食うんだ?」
ふふん、と笑いながら、振り向いたリナの指先には、赤いプラスチックのタグがついた鍵が一本。
……おい、ちょっと待て。

「まさか、無断で持ち出してきたんじゃ……」
「あんた、あたしを何だと思ってるのよ? ナーガセンセに借りたの、焼きそばパン三個と交換で」
「……それ、買収って言わないか?」
「あたしの地元では言わないわ」
「……オレも同じ町内なんだが?」
「あんた、家にいる時間が短いから、知らないだけよ――あ、みんな来たわね」

振り返れば、見知った顔がどやどやと騒ぎながら、階段の下から押し寄せてくる。
「あ! ガウリイさん、こんな所にいたんですね!」
「だから、旦那を探すなら、リナにやらせるのが適任だと言っただろう」
「チッ、食い扶持が一人増えたか。……だが、ミリーナがオレのために作ってくれた、愛妻弁当は渡さねぇぜ!」
「愛妻ではないし、貴方のために作ったわけでもありません」
「ああ、もう……全員声がデカイってば。一応立ち入り禁止の場所なんだから、もーちょっと静かにしなさいよ」
リナは、唇に人差し指を当て、顔をしかめると、くすんだドアノブに手早く鍵を差し込んだ。

――あっさりと。なんて、あっけなく。


行き止まりだった道は、たやすく切り開かれ。
閉ざされていた扉は、易々と開け放たれる。
がらんとしていた空間は、仲間で溢れかえり。
ガラスの向こうにあった世界は――手を伸ばせば、届く場所に。


ああ――これが、リナだ。
誰もが見惚れ、憧れやまない、彼女のチカラ。

「……どしたの、ガウリイ? ぽかーんとしちゃって」
「いや……リナはすごいなぁと思って」
「? ナーガを買収するぐらい、誰でも出来ると思うけど」
そういう意味じゃなかったんだが…………まあ、いいか。

その小さな体に眠るチカラ。
気づかなくていい。
教えてなんかやらない。

俺だけが知ってれば――それで、いい。


パラレル世界でも「らしい」リナさんを目指して書きましたが……伝わるかなぁ。


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