10の欠落 「いとしい、という感覚が消えたら」

うらうらとした陽気に、どこかのネジが緩んだのか。
はたまた、ほんの一時、現実から逃避したくなったのか。
それは思いがけず、ぽろりと口から漏れたのだ。

「リナが、男だったら良かったのになぁ」

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「ほほぅ……で、その意図は?」
街道のど真ん中で、すちゃっと構えられたスリッパの先が、くるくると弧を描く。
あ、確実に誤解された。別に、悪意をこめたつもりはなかったんだが。

ただ単に。
彼女が、俺と同じ性であったなら。
俺の中にぐるぐると渦巻く濁りから、『いとしい』という感情を差っ引けたなら。
随分と楽になるんじゃないだろうか? 俺にとっても。リナにとっても。
そう思っただけだ。

正直に理由を話すわけにもいかず、ふらふらとさまよいながら言い訳を探す俺の視線は、ある一点で止まった――彼女の、腹部。それだけで全てを悟った彼女は、苦い笑みを浮かべて、スリッパを下ろす。
「そりゃまあ、男だったら、呪文が使えなくなる事もないしね。その分、あんたへの負担も減るでしょうし」
「負担だなんて、思った事ないぞ?」
「わかってるわよ」
嫌みよ嫌み、と嘯くリナ。

「まあ、あたしも考えた事あるのよ? 自分が男だったら、どうなってたかなーって」
「……とりあえず、乙女って言い訳は使えなくなるよな」

すぱーんっ!

「……ごほん。例えば、ね? とーちゃんの酒の相手をしてあげられるなー、とか」
「そっか。リナんち、娘二人だったっけ。そりゃ、親父さん喜ぶだろうなぁ」
「でしょ? あと、女人禁制の場所も見学してみたいわ」
「そんな場所、あるのか?」
「けっこーあるのよ。主に宗教関係が多いけど、一部の演劇や舞踏、お祭り、鉱山なんかでもあるわね。
 他には……そうね。もーちょっと剣技の方に力を入れてみたいなー、とか。
 女の体じゃいくら鍛錬しても、性別からくる体格や体力差は如何ともしがたいじゃない?」
「まあなぁ。リナは元々筋が良いし、男だったら剣士としてもやっていけるかもなぁ」

ふと、随分昔に、少しだけ共に旅をしたオッサンを思い出す。魔法も武器も使いこなし、飄々として、人を食ったような事ばかり言う、変な男。
……改めて思い出してみると、端々がリナに似ているかもしれない。いや逆か。
つまり、リナが男だった場合、あのオッサンとずっと一緒に旅をしているよーなもんって事で……。
「どしたの、ガウリイ? 体、もぞもぞさせて」
「いや……男のリナと一緒に旅をする姿を想像したら……なんか、こう……むずむずしてきて」
「なにそれ。ってゆーか、あたしが男だったら、あんたと一緒に旅なんかしないわよ」
「え…………どうしてだ?」

男同士二人旅なんて気持ち悪い、とか。
男だったなら、保護者なんて必要ない、とか。
俺が想像した理由は、全て的外れだった。


「あんたと一緒にいたら、女の子はみーんなあんたの方ばっかり見るでしょう?
 それじゃ、あたしはいつまで経っても、彼女の一人も作れないじゃない」


――まさかのまさか。あのリナの口から、色恋の話が飛び出す日が来るとは。
あまりの驚きが顔に表れていたのだろう。街道の真ん中で呆然と立ちすくんでいた俺は、わざわざ引き返してきたリナに、それはもう丁寧に足を踏みにじられた。……いてぇ。

痛みで我に返り、再び歩き出すも、俺の脳裏に新たな疑問がよぎる。
恋愛への憧れめいたモノを、人並みに持っていたらしい、彼女。
――なら、『今』は?


「なあ、リナ」
「なに?」
「『今』は、いいのか?」
「……『今』は、あんたが居るからいーのよ」

…………えーと。
それは。
つまり。
…………聞き返したら、きっと、怒るんだろうなぁ。

「リナぁ」
「……なによ」
「回りくどいぞ、今の」
「あんたが、いつまでたっても言わないのが悪いんでしょー」

……それもそうか。

「じゃあ、今から言ってもいいか?」
「駄目。」
「何でだよー」

せわしなく交互に地を蹴っていた足が、ぴたりと止まった。
ゆっくりと振り向いたその表情は、逆光で窺うことは出来なかったけれど。

「恥ずかしいからに決まってんでしょ! このクラゲっ!」

――リナが女で良かった。そう、思えた。


異性としても、人間としても惚れ惚れするような人物と知り合って、その相手に恋愛感情を抱いちゃった場合。
「あーもー、いっその事同性だったなら、こんなに悩まず、イイ友達で付き合えたのに!」って、思うことありませんか?
そんな気分を、出来るだけ原作に近い(ボケボケした)ガウリイで書いてみようとしたら…………どえらい苦行になりました。


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