10の欠落 「むなしい、という感覚が消えたら」

自分で言うのもなんだが。
あたしはわりと『努力家』だと思う。

だからといって、別に努力する事が好きなわけではない。
単に、生来の負けず嫌いが災いして、ねーちゃんに勝ちたくて魔法を覚えた、とか。
同じく剣技を以下略、とか。
サボった時のねーちゃんのお仕置きが怖くて、家事全般を極めてしまった、とか。
その延長で、なぜかウェイトレス技能まで身につけてしまった、とか。

動機はさておき、これら血の滲むような努力の結果、今のぱーへくとなあたしが確立されたわけだが。
しかし、世の中には、努力だけではどーにもならんこと、というものがある。
認めたくはないが、確かに存在する。

それでも、あたしは努力する。
むなしい、という気持ちを、日々もてあましながら――。

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温泉街のとある宿。
受付カウンターの横には、これでもかっ! とばかりに、並べられた土産物の山。蒸し菓子だの、クッキーだの、入浴剤だの、使い道のわからない極彩色の旗だのさまざま。
その中の一つを手に取ったあたしは、かれこれ十分はそこに立ち尽くしていた。

「そんなに、気になるかい? その軟膏」
カウンターに肘をつき、さっきまであくびを噛み殺していた宿のおばちゃんが、にこにこと愛想良く声をかけてくる。あれこれ色々薦めてこないところをみると、土産物を売りつけたいというより、十分も同じ商品を抱えたままのあたしに好奇心が沸いた、そんなところだろう。

「気になる……といえば、気になるんだけど……うぅ」
我ながら、煮え切らない返答。
さっきから窓の外で響いている、薪を割る音の方がよほど歯切れが良い。

あたしが手にとったこの軟膏。
主原料は、火傷に良く効くといわれている多肉植物と、ここの温泉の湯の成分から出来ている。
本来は皮膚の治療に使うべきなのだろうが、どちらの原料も肌を美しく整える効果を兼ね備えており、故に売り出し文句は医薬品というより、女性向けとなっている。

曰く、『肌にハリとツヤが戻ります』『皺が消えてなくなる!』『十歳は若く見える……』等、エトセトラ、エトセトラ。中には眉唾モノもあるが、それらの一番最後に書かれた文句。こいつがあたしを呼び止めた。


『ばすとあっぷ。』


…………うん、わかってる。これが一番うさんくさいってことは。
だがしかし。体型とか、髪を綺麗に保つとか、そーいったことは個人の努力で、ある程度なんとかなるが。
『胸』 こいつばかりは、努力ではどーにもならんのである。

これまでにも、胸に効くと噂の薬や、民間療法は色々試してきた。
結果はお察しください、なモノばかりだったが、バストアップと名のつく物を見ると、今度こそはっ! と期待してしまうのが、年頃の乙女心ってもんであろう。

いまだ、にこにことこちらを見つめるおばちゃんの視線を感じたあたしは、手の中の瓶を握り締めると、カウンターへ向かった。
「おや、買う気になったのかい?」
「いや、えーっと…………この軟膏って、効果あります?」
自分で尋ねておきながら、馬鹿な事を訊いてしまった、と思った。自分の店で扱ってる商品を、悪く言う人はいないだろう。

だが、宿のおばちゃんは気にした風もなく、からから笑うと自分の頬を指差した。
「あたしの顔、見てみな。年のわりにハリがあるだろう? 温泉のおかげか、この軟膏のおかげかはわからないけど、少なくとも悪い商品ではないと思うね」
そう言いつつ、あたしの手をとって、自らの頬を撫でさせる。
うん。確かに、おばちゃんの肌は、すべすべしてさわり心地がいい。
でも、尋ねたかったのは、肌への効果じゃないんだよね。

「あ、あの…………む、む、胸への効果は……どぉなんでしょぉ?」
消え入りそうな声でもじもじと尋ねるあたしに、おばちゃんはきょとんと目を丸くすると、次の瞬間ぷっと吹きだし、どっかの自称保護者よろしく、あたしの頭をぐりぐりと撫で回した。
「なーんだ、そんな事気にしてたのかい? 大丈夫さ、まだ若いんだし。これからどんどん大きくなるさ!」
「う゛……でもあたし、一応これでも十八で……」
「おやおや、随分と童顔なんだねー。でも、その可愛い顔のまま、胸だけ育っても、ツレのにーちゃんの心配事が増えるだけだろう? どーせなら、あの綺麗なにーちゃんに、大きくして貰いな」
「んなっ!? いやいやいや、あたしとガウリイはそんな関係じゃっ!」

ぶんぶか首を振るあたしの顔を見ながら、おばちゃんはお腹を抱えてけらけらと笑い出した。
ちがうーちがうのにー。完全に誤解されたぁぁぁ。
恥ずかしいやら、情けないやらでちょっぴり涙目になったあたしを見て、おばちゃんは笑いを止めると、すまないねと言いながら再びあたしの頭を撫でる。
「悪気はなかったんだよ。あのにーちゃんのために、一生懸命大人になろうとするお嬢ちゃんが、あんまりにも可愛かったもんだからさ。……お詫びに、一瓶持っていくかい? 胸に効果がなくても、顔や体に使えばいいさ。綺麗になったあんたを見れば、きっとにーちゃんも喜ぶよ?」

そう言って、あたしがカウンターまで持ってきた瓶を、目の前に置く。
あたしはしばらくその瓶を見つめた後、静かに頭を振った。
「ありがと、おばちゃん……でも、やっぱいい」
「……遠慮しなくてもいいんだよ?」
「うん……でも、むなしくなってきちゃったから。
 多分、あたしがどんなに努力しても、アイツは気づかないもん」

胸を大きくしたい、とか。
綺麗になりたい、とか。
大人っぽくなりたい、とか。
努力してどうにかなるものではないのに、それでも頑張ってしまうのは、ガウリイに女として認めて欲しいからだ。
でも同時に、いくら努力しても、あの男がそれに気づかない事もわかっている。だって、クラゲと同類で、ゾンビみたいに腐ってて、スケルトンとタメはれて、ゴーレムより使えないもの、ヤツの脳は。
こんなむなしい努力が、他にあろうか。

あたしはおばちゃんへの感謝を込めて、深々と頭を下げると、部屋へ戻るため踵を返した。
……が、数歩も歩かぬうちに背中に衝撃が走り、思わず振り返る。そこには、にかっと笑ったおばちゃんの姿。

「むなしくったっていいじゃないか。男は、あのにーちゃん一人じゃないんだよ?
 第一、綺麗になる努力をやめちまったら、ソイツはもう女じゃないね!」

からからと豪快に笑うおばちゃんの言葉は、何故だかすごく身にしみて。
つられて笑い出したあたしの心は、十分前より随分と軽くなっていた。

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最後の一本を手に取り、切り株の上に据え置くと、俺は右手の斧を振るう。
からんっと乾いた音が響けば、これで仕事は終了だ。
先程まで流れてきていた笑い声も今は止み、今は山から吹き降ろす風の音だけしか聞こえない。
温泉街というのは、思っていたよりずっと静かなものらしかった。

「薪割り、終わったかい?」
宿の窓からひょっこりと、恰幅の良い年配の女性が顔を出す。この宿のおかみさんだ。
「ええ、ここに積んであった分は。他には?」
「いや、それで全部さ。助かったよ、どうもありがとう」
差し出された手には、レモン入りの冷えた瓶。ありがたく戴くと、俺は汗をぬぐいながら口をつける……と、視線を感じた。ふと首をめぐらせた先には、にやにやと笑うおかみさんの姿。

「あんな可愛いお嬢ちゃんに、『むなしい』なんて言わせちゃ駄目じゃないか」
……なるほど。それで笑ってたわけか。
俺は、瓶の中身を一息に飲み干すと、苦笑しながらそれを返す。
「気づいてはいたんだが……奥手な娘だから、本気を出したら逃げられてしまいそうで、さ」
俺の返答が気に入ったのか、笑い上戸なのか。けらけらと笑うおかみさんの目の端には、涙まで滲んでいた。

「……それより、アイツに変な事を吹き込まないで貰いたいんだけどな」
「『男はアンタ一人じゃない』ってやつかい?」
細められた目の奥には、悪戯っぽい光が浮かんでいる。やはり、あの台詞は俺とリナ、二人に向けての発言だったようだ。見かけ以上に食えないその性格に、俺は肩をすくめる。
「三年も我慢してきたのに、いまさら他の男に盗られちまったら、オレはそいつを殺しかねない」
「……おやまあ。そりゃ、確かにかわいそうだ」
かわいそうと言うその口の端は、しっかり笑みを刻んでいるわけだが。同情の欠片も見当たらない。

「じゃあお詫びに、こいつをあげるよ。あんたが、自分の手で綺麗にしてやりな」
放物線を描き、俺の手に飛び込んできたのは、濃い蜂蜜色の瓶。宿のカウンター脇に置かれていた土産物だ。
――そして、リナが買おうとしていた例の薬。

俺は顔を上げると、瓶を握り締めた手を軽く上げる。
「じゃあ、遠慮なく。……ああ。薪割りの報酬は、明日の夕食に回してもらってもいいかな?」
そりゃーかまわないけどと言いつつも、その眉がひそめられる。

「初心者だろ? あのお嬢ちゃん。……手加減してやりなよ?」
「……気をつけるよ」

たぶん、という言葉は、飲み込んで。心の中で、ぺろりと舌を突き出して。
俺はおかみさんに手を振ると、ゆっくりとリナの部屋へ向かった。


誰かに認めて欲しくて『する』努力というものは、その対象がにぶかったり、無口だったり、そもそも眼中に入れて貰えてなかったりすると、むなしいものですよね。…………スレイ世界の女性陣は大変だな(さて、上記対象三人は誰を指しているでしょう)


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