10の欠落 「たのしい、という感覚が消えたら」

本日も、よく歩いた。よく食べた。
宿も無事取れ、お風呂も入ってさっぱり。あとは寝るだけ……なのだが。

こんな時に眠れない事は――ままある。
いわゆる、虫の知らせというヤツだ。

あたしは、音を立てぬようゆっくりと体を起こすと、壁を背もたれにし、ベッドの上に座り込む。用心のため、枕元に置いてあったショート・ソードを手元に引き寄せると、毛布の下に押し込んだ。

――準備完了。さて、今日はどっちかしらね?

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窓から差し込む白々とした月明かりが、刹那揺らめく。
背後の壁越しに感じていたガウリイの気配が薄れ――同時に、月光が届かぬ部屋の片隅に、漆黒の闇がわだかまる。結界に囚われたのだ、と気づいた時には、既に黒々とした闇は人の形をかたどっていた。

「こんばんは、リナさん」
「今日はあんた(ゼロス)の方なのね。わざわざ結界まで張って、ご苦労様」
肩をすくめてみせると、ゼロスはぽりぽりと頬をかきつつ、苦笑いを浮かべる。

「ガウリイさんが来ると、僕のセリフ(それは秘密です)盗られちゃいますからね」
「……実は嫌だったの?」
「それなりに」
ちらり、と目を合わせると、示し合わせたかのように二人で吹き出す。
ここに第三者がいれば、打ち解けた仲だと誤解するかもしれないが、もちろんそんなわけはなく。そこにあるのは、生死を賭けた腹の探りあいだ。命を賭けているのはあたしだけってところが、気に食わないが。


そんな空虚な談笑を先に打ち切ったのは、ゼロス。
「そういえば……また、派手に暴れられたそうですね?」
「……何の事?」
「覇王様配下の方が、カンカンでしたよ。楽しそうですねーと声をかけたら、怒られちゃいました」
「……それは自業自得だと思うけど」
ジト目で黒ずくめの男を睨みつつ、あたしは内心安堵する。
なにやら面白そうな揉め事があったにも拘らず、身内(魔族)からその情報を引き出せなかったために、あたしの所へやってきたってところか。

さて。ここは、そらとぼけるべきか、素直に教えて無理やり『貸し』にするべきか?
あたしは姿勢を崩す振りをして、毛布の下に手を滑り込ませる。コツンと当たる、硬い刺激。
――と同時に、ゼロスの杖が小さく揺れ、部屋の扉をコツン、と叩く。

……ハイハイ。全部お見通しですか。

憮然とした面持ちで、あたしは先日襲撃を受けた魔族の一件を語り始めた。

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一通りの説明を終えると、壁にもたれかかっていたゼロスは満足げに頷き、体を起こした。どうやら本日の用件は、完了したらしい。そのご機嫌な表情が、あたしの口を思わず緩ませる。
「あたしも聞きたい事があるんだけど――いい?」
「何でしょう?」
起こした体を再び壁に預け、ゼロスは首をかしげる。

「魔族ってさ……世界の滅亡を望むモノなのよね?」
「そうですね。リナさん達人間が、無意識のうちに生を望むように、僕ら魔族も、本能が滅びを求めている、と言ってもいいでしょう」
そうだよなー。その筈なんだよなー。
がしがしと頭をかくあたしを眺めながら、ゼロスは嗤う。
「続きをどうぞ。心配しなくても、では本能のままに殺してあげます――なんて言いませんよ」
……むぅ、ばれたか。

「んじゃ、遠慮なく。あんたと話してると、いつも思うんだけどさ。
 どー見ても滅びを望んでいるようにはみえないのよねー。……何で?」
「おや……そう見えます?」
「見える。」
こくこくと首を振る。人にモノを尋ねる時は素直に、があたしのモットー。相手は人間じゃないけど。
その仕草がおかしかったのか、細められた紫の瞳が半円をかたどる。

「本能に逆らえない、という点においては、魔族も人間も変わりませんよ。
 人間が呼吸を止め、睡眠をとらなければ、生きていけないように、僕ら魔族も、世界の滅亡を望む事を止めてしまえば、自らが滅んでしまうでしょう」

――――けれど。

言葉を切り、すぅっと伸びた人差し指が、その唇を軽くなぞる。
「僕は、この世界も、貴方達も、結構気に入っているんです。
 それこそ、ほんのわずか呼吸を止め、眠気を堪える程度には……ね。ですから――」
これからも、楽しませてくださいね? と囁いたその唇の間で、魔性が密かに牙を研ぐ。
この男の目から、『楽しい』という感情が消えた時――あの牙は、容赦なくあたしを喰らい、引き裂くのだろう。
だからあたしは、こう答える。もう一度、ガウリイに会うために。

「ジョーダンじゃないわ。なんで、あんたの道楽に付き合わなきゃいけないのよ」
あとは腕でも組んで、つまらなさそうに鼻で一つ笑ってやればいい。


――――ほぅら、ね。
細めた紫の瞳に、また一つ。愉悦の光が、灯って溶けた。


私の中のゼロスとリナの会話は、常時こんな感じで、ぎすぎすしているイメージです。会話の選択肢一つに、自分の命がかかってる状態。
ゼロスのご機嫌を取るのも大変だな!


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