10の欠落 「うれしい、という感覚が消えたら」

それは、いつも、常に、四六時中、日常的に。

今日は天気が良いなぁ、と言ってにこにこ。
雨が降れば、これで涼しくなるなぁ、と言ってにこにこ。
ご飯を食べれば、美味しいなぁ、と繰り返しにこにこ。
あたしが街中でケンカを始めれば、相変わらず手が早いなあお前と呆れつつも、やっぱりにこにこ。

そう。ガウリイはいつだって笑っている。
その笑顔は、真夏の太陽みたいに眩しくて、子供みたいに無邪気で、鏡のように一点の曇りもなくて。おかげで、あたしは時々わかんなくなる。
例えば今みたいに、ナンパ野郎に絡まれている時。手出しもせずに、にこにこと見守っているこの男は、ホントにあたしの事を好きなのだろーか?、と。

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ナンパ男を呪文で三回ほど吹っ飛ばした後、けちょんけちょんに蹴り倒し。さて、あたしの時間を浪費した慰謝料を戴こうかしら? と身包み剥ぎかけたところで、ついに保護者ストップがかかってしまった。ちっ。
その辺にしとけーと、羽交い絞めする男の顔は、それでもやっぱり笑顔のままだ。じゃあこの男の代わりに、あんたが慰謝料として昼食奢りなさい! と因縁をふっかけてみれば、なんでそうなるんだよとぼやきつつも、結局笑顔で食堂まであたしをエスコートする。
うむ。自称保護者の思考回路は、あたしにはマジで理解不能だ。

「どうした、リナ? 奢りなのに機嫌が悪いなあ」
「機嫌が悪いわけじゃないわよ。考え事をしてるの」
ふーん、と気のない返事をすると、ガウリイは再びメニューを見ながらにこにこ、にこにこ。
むがーっ! あんたの事で悩んでいるってゆーのに、そんなに能天気な顔されたら、余計苛立つっつーの。


すこーんっ!


――あらやだ。苛立つと同時に、手が動いちゃった。さすがあたし。
「一本一本重心が異なる木のスプーンでさえ、的確に額を狙えるとは……我ながら恐ろしい才能!」
「……狙われたほうは、たまったもんじゃねーけどな……」
「あ、やっとガウリイ怒った」
「怒らせたかったのか、お前は!」
いや、そーゆーわけじゃないんだけどねー。

あたしは新しく手にした木のフォークをぴこぴこと振りながら、レアな怒り顔を下から覗き込む。
「だってさあ。ガウリイここんとこずーっと、にこにこ、にこにこと、顔緩みっぱなしじゃない」
「そーかあ?」
「そーよ。さっきのナンパ男の時だって、ずっと笑ってたじゃない。普通、ああいう時は妬くもんじゃないの?」
そうよ。ウチの両親の前で、『リナが好きです』なんて、あたしに告白する前に白状してくれちゃったんだからさあ。そこは独占欲の欠片ぐらいみせても、罰は当たらないと思うのよ。
けれど「あー、そういうことなー」と呟きつつ、頭を掻くガウリイの顔は、既にほころんでいる。独占欲の『ど』の字すら見当たらない。こんちくしょうめ。

「なんて言ったらいいか……最近、嬉しい事が多くて、つい笑っちゃうんだ」
「……は? あたしがナンパされるのが、アンタ嬉しいの?」
ついつい構えたフォークの切先を見て、ガウリイは慌てて、違う違うと首を振る。

「例えば、さっきのナンパ男が声をかけてきた時はさ。『あー、この男には気の毒だけど、コイツの身包みを剥ごうとする時のリナは、きっといい笑顔を浮かべるんだろうなー』って、考えたら、なんか可笑しくなってきたんだ。
 他には……そうだな。天気がよければ、作物が美味くなるって言って、お前さんははしゃぐだろ?
 雨が降れば、今日は涼しい! と言って、ベッドの上を猫みたいに転げ回る。
 そーゆー精彩溢れたお前さんを見れるのが嬉しくって、つい笑っちゃうんだ。
 だってさ。それって、生きている証だろ?」
「そりゃ、そーね。死んでたら、そもそも見れるわけないもの」

だろ? と微笑んだガウリイは、いつも通りあたしの頭をくしゃりと撫でる。
「つまり俺は、リナが生きているだけで、嬉しくなれるってことだ」
「…………そ、そおデスカ」


……うん、なんっつーか。
『愛してる』って言われるより、恥ずかしい事を言われた――気がした。



恋愛にこういう欲望ゲージがあるとします。
好き好き <<< 付き合いたい <<< 手を握りたい <<< ちゅーしたい <<< 何やかやしたい

このゲージに、『左側』があったらどうなるかという話。
相手が生きてるだけで嬉しい <<< 相手が幸せに過ごしているだけで嬉しい <<< 相手の姿を見れるだけで嬉しい <<< 好き好き

それって、片思いしている人の思考じゃね? と思わなくもないですが、リナが死にそうな場面に何度も遭遇しているガウリイだからこそ、生きているだけで嬉しいって考え方もアリなんじゃないかなーと。
……とゆー発想を、別ジャンル書いている時に考え付いたので流用しました。どこか他所で同じネタを見かけたら「ああ、アイツか」となまぬるーく見逃して頂きたい。


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